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#987 / 2016.02.08

狼と羊

イソップ童話でもなんでもなく、あらゆる物事は「狼」と「羊」のどちらかに分けられるものです。

ざっくりとですが、大別すれば以下のように分けられると思います。
狼は能動的/羊は受動的
狼は個性的/羊は没個性的
狼は個別主義/羊は集団主義

クルマだけかもしれませんが「羊の皮をかぶった狼」なる存在がいます。
見た目はどこにでもいそうな乗用車なのに、やたら運動性能が高かったりするのです。
そういったクルマがなぜわざわざ羊の皮をかぶるように大人しく見せるのかといえば、コストダウンの目的もあるのでしょうが、実はそういうニーズがあるからです。

人間の話に戻ると分相応という言葉がありますが、外見で凄みがにじみ出てしまうと残念なことにヤンチャしているとか高圧的といった受け止められ方をされるきらいがあります。
とくに「羊」の方々が多い組織だと集団のカラーに合わないとか個性的過ぎるといった半ば感情論に近い受け取られ方をしかねません。

これは率先して奇抜になれとか常識を破れといった話ではなく、アウトローに生きるつもりはまったくないのに浮いて見えるということです。

「羊」の集団は多くの場合が排他的な集団ですので、受動的で没個性的なのに同調圧力だけはめっぽう強かったりするものです。
そういった中で面倒なトラブルを減らしていくために、狼はあえて羊を装わざるを得ません。
狼も結構面倒なものです。

ただ、それでも狼の生き方を勧めたいです。
なぜなら、狼は羊の世界でも生きていけますが、その逆はものすごく難しいからです。

受動的で個性もなく集団で守られながら生きている存在が、突然何の庇護もない世界に放り出されたら生きていけるのでしょうか?
そう考えると、よほどのパトロンがいない限り生きていくことは難しいでしょう。

ですから、心の中にしっかり「狼」の部分を持っていなければいけません。
能動的にことを進める。
自分にしかない特徴を1つは持つ。
集団で馴れ合うことから卒業する。
これらは内面の話なので、見た目が「羊」であっても構いませんし、わざわざ自発的に誇示することでもありません。

もちろん羊として生きることは可能ですが、自分の人生を舵取りするなら「狼」として生きていくしかありません。

「狼」として生きよう。

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