トップ > コラム > コラム No.977
 
トップ > コラム > コラム No.977

#977 / 2015.11.30

忘れる生き物

忘却を嘆く人はたくさんいます。

大きな失敗をしたと激しく落ち込んでみたり、
人やモノの名前を思い出せずに「あれ」と言ってしまったり。
そのたびにある人はひどく反省をしたり、またある人は年齢のせいだと開き直ったりと、反応は十人十色です。

忘れる記憶内容を考えてみると、大きく2種類の記憶があります。
ひとつは知識の記憶、もうひとつは感情の記憶です。

名前を思い出せずに「あれ」といってしまうのは知識の記憶です。
しかしこれは、ノートに書いたりネットを検索すれば済む話です。
筆記試験のような知識の記憶を問う局面では使えませんが、なんらかの形で記録して、その記録がどのように見ることができるか忘れさえしなければ問題ありません。

もうひとつの感情の記憶は、過去の喜怒哀楽です。
家族が増えてよっぽど嬉しかったというように大きく感動した場合を除けば、些細な喜びや悲しみは時とともに忘れやすくなります。

どちらの知識も脳で感じるものですが、自分の意識に関わらず忘れていく記憶はたくさんあり、だからこそ嘆きたくなるのは人情です。

しかし、忘れることが悪いこととは思いません。

過去にとんでもなくひどい目に遭った経験をもつ人は自己防衛の為にそれを忘れ去ったりします。
また一説によれば、人間の脳は本来持っている能力の3%〜10%程度しか使われないともいいます。
脳はスーパーコンピュータを遥かにしのぐ性能を持っているかもしれませんが、こと記憶領域に関しては有限で、新しい知識を得るたびに古い記憶を脳から追い出しているのかもしれません。
脳とはそういうものなのだ、と考えれば、過去の知識や感情をすべて脳にとどめておくことは不可能なのだと考えることもできます。

あなただけでなく、誰しもが簡単に忘れる生き物です。
たとえば日本航空のような大企業も一度倒産しています。
しかし、その事実をほとんどの人は忘れています。
忘れたからといってどうということはありません、そういうものです。

数年前の出来事さえ忘れてしまう。
つまり人間とは、忘れるのが速い生き物なのです。

引きずっていては進めない人生があります。

クルマの運転においても、ことによれば忘れたくなることはたくさんあります。
エンストやシフトミスなんて些細なことから、雪道でスピンしたとか激しく横転してしまったなんて失敗も直後はドギマギこそすれ、時が経てば忘れてしまうものです。
極端な話、人身事故さえ起こさなければ何とかなる問題ばかりです。

幸い、人間に備わっている忘れるという機能は、過去への囚われをゆっくり断ち切ってくれる素敵な機能です。
これを活かさない手はありません。

過去への執着をやめよう。

サイト内リンク