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#963 / 2015.08.24

乗せられ坂

たいしたことがないと思うことほど、実は丁寧に扱わなければなりません。

山岳道路を走ると道路勾配を示す標識がいくつもあらわれます。
その多くは数%表記ですが、なかには十数%、20%などという急勾配もあります。

クルマを運転していると気がつきませんが、自転車でこうした勾配に挑むと、登りは非常にきつく感じます。
それを苦もなく登れるのは、エンジンのパワーに乗せられているからです。

操作しているのは自分ですが、それを実行してくれる仕組みがあるからこそ「運転」という行動が成り立つのです。
逆に言えば実行する仕組みがなんらかの問題を抱えていれば、いくら操作してもダメなのです。

仕組みは機械だけではありません。
組織であれば実働部隊、家庭であればあなたを心配してくれる家族、また自分が消費者の立場であればお店でサービスをしてくれる人など挙げればキリがありません。

ひらたく言えば、自分が接するすべての人やものです。

時には故障したり、不満の数々も出たりするでしょう。
それでも、そういった人やものがあなたの活動を支えてくれていることを考えれば、闇雲に軽視できるものではありません。

すべては、「乗っている」ではなく「乗せられている」のです。
そう考えれば、世の中の些細な不愉快など取るに足りません。

乗せられていると考えよう。

追記(2015.08.24記)

しかしながら、そうした考えを悪くとって高慢にかかってくる輩もいるでしょう。
輩には謙虚に接する必要はありません。
全力で潰して構いません。

善意の人ばかりではありません。
謙虚さだけでなく、力も欲しいのです。

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