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#960 / 2015.08.02

奪われる時間

私達は時間が有限であるにもかかわらず、時間を奪われやすい生き物です。

時間の奪われ方は大きく2つあります。
他者によって時間を奪われるケース、そして気がついたらみずから時間を失ってしまっていたケースです。

前者はなかなか変えられないことですが、後者は「積極的になった」というより「陥る」といった表現がしっくりくる場合ばかりです。

スマホやPCの画面を見ているだけで、時間がバカみたいに飛んでいく。
一度にあれもこれもと手を出しすぎて身動きが取れなくなっている。
過度に心配しすぎて眠られない。

そうして後悔をしてしまうのですが、本当に悪いことなのかとも思うのです。
考えてみれば、何らかの目的があってそうした行動を自分が採っているのですから、それを「ムダ」と思えば後悔になるのです。

「ムダ」ではなく「楽しい」と捉えてみるのはどうでしょうか。
ネットサーフィンが楽しい、いろんなことが楽しい、マイナス面までシミュレーションしている自分が楽しい。

過ぎた時間を悔いても戻りませんが、意識を変えればまた楽しいものです。
その上で、時間の使い方を見直してもいいのではないでしょうか。

運転でも目的なくドライブしても時間もガソリンも失うだけですが、その日に見た景色は明日見られないかもしれないと考えたら、それはあなたにとって非常に意味のある行動だったことになるのです。

あなたに無意味な時間はありません。
もし今が無意味と感じているのなら、それは将来、自分の満足する時間の使い方を学ぶ勉強時間に充てているのです。

捉え方を変えよう。

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