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#93 / 2001.10.26

幼い記憶

ニッサン・Z。

2001年東京モーターショウに出展されているクルマ達を、雑誌で見ました。
なかでも話題の、日産フェアレディZ。
銀色のFRクーペは、目元がカッコよく、欲しいなと思ってしまいました。

Zは日産の象徴ともいえるスポーツカーです。
海外ではダットサンとして名を馳せ、世界中に熱狂ファンがいます。

日産は倒産寸前という経営危機を乗り越えて、黒字企業に生まれ変わりました。
ルノーからやってきたカルロスゴーン氏がいなければ、Zは絶版車になっていたかもしれません。

さて、このZ。
私が生まれてはじめて知ったのは、小学校に入ったばかりの年でした。
雑誌で見たわけでなく、ましてや親が買い代えたわけでもありませんでした。

校長先生が乗っていたのです。頑固ジジィ風の先生でした。
茶色のS30系Zに乗っていました。
その風体らしからぬ選択をするあたり、粋な校長でした。
当時の私にとって、ものすごくかっこよく映りました。

その後、31系、32系のZが登場しましたが、感動には至りませんでした。
幼い頃抱いたイメージというものは、そうそう消えません。
流麗さでは、30系が秀でていると私は思っています。

幼い頃の記憶は、その人間を形づくります。
音楽、映像、味覚、言語。
それらが礎となって、人格となります。
だからトラウマには、幼いころの苦い経験で陥るのです。
イヌに噛まれれば、ずっとイヌ嫌いになるます。
逆にネコが好きになれば、ずっとネコ好きになります。

私の場合は、いまだに郷里の訛りが抜けません。
言語は3歳位までに決まってしまいます。
私は大学卒業まで同じ場所に住んでいました。
だから、完全に訛りを消すことはできません。
それは否定的に言っているのではなくて、郷里で生きてきた証明として言っています。
今は郷里から離れていますが、郷里に戻ればみんなと同じ訛りに戻ってしまいます。
これは、私の人格のうちのほんの一部です。

小さな時の記憶を、覚えていないことはありません。
刻み込まれているのです。
「三つ子の魂百まで」とはよくいったものです。

そうか3つまでか、と小さいうちにお稽古事をさせる親もいます。
英語やら水泳やら英才教育も大事ですが、海や山で遊んだ想い出もないと人生つまらないです。

教育はいつでもできますが、想い出はその時にしか味わえません。
想い出は永遠に。

三つ子の魂百まで。

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