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#916 / 2014.09.28

過去と所有物

せっかくの高級車なのに激安ハンバーガー店に駆け込んでいくさまを見ると、ものとそれを持つ人間の格は必ずしも一致しないことに気づきます。

すごく高級なものでも所有者が増えていくとどんどん俗化していきます。
そうなると自分では高級車のつもりでも世間的には大衆車との差異が見当たらなくなります。
高級品の格に人間が追いつけばいいのですが、最終的にものの格は俗人レベルに落ちていきます。

得てして人間は自分の過去や所有物に対して過大評価しがちです。

私のクルマは、持つことでステータスがあると認めてもらえるだろう。
自分が苦労して建てた一戸建ては、少し経年劣化しているが高く売れるだろう。
難関大学や国家資格を持っているから、いろんなところで箔がつくだろう。

そうあるべき、あるいはそうであって欲しいと考えるのは人情です。
しかし、そんなわけはありません。

お金をどれだけ費やしたとか過去にどれだけ苦労したとかは、実はたいした問題ではないのです。
誰も欲しがらないものや誰でも手に入れやすいものは、とくに価値が落ちていきやすいものです。

価値が落ちきっているものを、まだまだ価値があると信じてしまうことは悲劇です。
そうなるといつまでも過去の品格や栄光など、失われた価値に囚われてしまいます。

過去に囚われて動けないとか捨てられないなんて、とてももったいないことです。
常に生きているのは今現在ですし、今から変えられるのは未来のみです。
過去への固執が現在や未来の足かせになっては意味がありません。

過去や所有物を過大評価するのはやめよう。

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