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#907 / 2014.07.28

クルマ依存症

どこにいくにもクルマに乗ってしまう人、いませんか?

クルマが生活必需品になっている地方ほどその傾向が強いです。
私も地方在住ですから、よくわかります。

電車が2時間に1本しかない、バスが1日2便しかない、駅と駅の間が5km離れているなんてのは当たり前。
郊外にある駐車料金無料の駐車場に慣れすぎて、駐車料がかかる駐車場を敬遠してしまう。
そもそも職場や商業施設が公共機関で行きにくい場所にあり、クルマで無ければ実質行動できない。
大都市部を除けば、一家に1台ではなく1人に1台の生活環境が当たり前です。
そんな移動のほぼすべてをクルマに頼ってしまう人が多い中、クルマ偏重でいいのだろうかと思うときもあります。

易きに流れると、時には後悔をつくってしまうものです。

クルマ移動によって自分の体を動かす徒歩やサイクリングを拒否したり駐車場が無いことを理由に行くのを辞めたりし続けていくうちに、ヒトとして持っている行動力を奪われているのではないかと思うのです。
クルマという素晴らしい道具を持ちながら、ムダに肥えたり行動しない言い訳づくりだけうまくなり動かなくなってしまっては本末転倒です。

例えば、休みの日には休車日を設けるなんていかがでしょうか。
クルマの代わりに自転車や徒歩というように自分の足で移動するのです。
きっと自分の筋力低下を激しく痛感するでしょう。

私はここ数年は自転車移動をメインにする日も多いですが、高校の通学以来で自転車に乗ったとき近くのコンビニまで自転車を目一杯こいだだけなのに貧血になりました。
正直、自分の筋力低下に愕然としました。
もしまた大震災があって徒歩や自転車で移動しなければならなくなったとき、これでは死んでしまうと本気で焦ってしまいました。
そう考えれば、クルマ偏重は生きるためによろしくないことだとわかります。

環境によるところが大きいので、いきなりクルマ偏重をやめることはムリです。
ですが、1日5分からでも自分の体を使う習慣をつけていけばいいのです。

緊急時に体が動かせるということは、とても重要な能力です。
動くためにはそれだけの筋力や意志がなければいけないからです。
しかし意志はあっても、実行できる筋力がなければ意味をなしません。
ここでの「筋力」は、手段や実現方法と置き換えてもいいです。

思いが高尚でもそれが実現できなければ意味がありません。
実現できるような「筋力」を養うことが、今のあなたに必要なことかもしれませんね。

「筋力」を養おう。

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