トップ > コラム > コラム No.899
 
トップ > コラム > コラム No.899

#899 / 2014.06.01

そつなく

世の中には「誰かに怒られるからやってはいけない」という人がいます。
以前書いたとおり他人を持ち出して諭すのは、怒られなければ問題ないという逃げ道を提示することに等しく褒められた諭し方ではありません。

「そつなく」という言葉がありますが、うまく怒られないように行動することかと思います。
しかし怒られないようにできることを考えていたら、無難なことしかできないものです。
ただ無難にものごとをこなすだけならば、別にあなたじゃなくて誰でもいいのではないでしょうか?

そう考えると、「そつなくできる」とは自分の存在価値を薄めてしまう行動とも言えます。

極端なことを書くなら「怒られることを意識してそつなくやるくらいなら派手にやって怒られたほうがいい」です。

人命に関わるとかそうした極限状態下ならいざ知らず、失敗を恐れて当たり障りのないことを続けていると新しい価値を生み出せなくなります。
例えルーチンワークであっても、こうすれば短時間で済むとか、こうやればそもそもやらなくて良くなるとかそうしたちょっとずつの改善すらも考えつかなくなります。

きっと前例のないことを生み出せば、必ずやっかみを言ってくる人がいます。
そういう人達に対してすべきことは怒られないことを気をつけるのではなく、怒られても気に留めないことでしょう。

新しい価値を否定したら、何も生み出せません。
日本の国産車が開発され始めた1950年代、国産車の品質や性能は欧米のそれと比べ著しく低いものだったといわれています。
きっとその当時は、国産車など普及するかとバカにされたのではないでしょうか。
しかし現在は世界中で日本車がたくさん走っています。

将来のことなんてどうなるかわからないのに、現時点の趨勢だけで良い悪いと結論づけてしまう短絡的な人達に迎合する必要はありません。

あなたがどんな行動をとっても文句を言う人間はなど放っておきましょう。
凡人は自分よりちょっとレベルが高い人間に対してかみつくくせに、天上の人間には何も言わなくなります。
いちいち構われているうちは同程度とみなされているのです。

そんな状況は打破しましょう。

凡人は理論ばかりで行動を起こしません。もしくはそつなくこなせるのみです。
だから凡人は存在価値がうすいのです。

新しい行動を起こした分だけ、凡人はついてこなくなります。
存在価値こそが突破口です。
とっとと凡人を突き放しましょう。

「そつなく」を卒業しよう。

サイト内リンク