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#895 / 2014.05.04

休み観

たくさんの人が動くからこそ動かず。
人が動かない時こそ動く好機。

誰が好きこのんで渋滞の最後尾に突っ込んでいかなきゃいけないのか。

渋滞にかけるお金と時間をコストと捉えたとき、
そのコストは一生のうち、いったいいくら支払わなければならないんだろう?

本当にその日、その時間でなければ動いてはいけないんだろうか?

たまたま休みが土日祝日だったからとはいうけれど、その「たまたま」の人が国内で多数派なのであればもう偶然じゃない。
その「たまたま」の仕事を続けていれば、ずっと土日祝日にしか動けなくなるだろう。
休みが決まっているというのは、便利なようで窮屈なものだ。

かと思えば、業種によっては休みがロクにないようなブラックも多くある。
それも不幸で、形式上は休みなのに無給の休日出勤ばかりしている。
そうして得た約一月ぶりの休日も、掃除や休息で使い果たしてしまう。
午前中いっぱいを寝て潰し、午後になってもやる気が湧かず、夕方になりその日自体を諦める。

この国の「休み観」は、ちょっと異常だ。

異常なものなのに、それを当たり前にみな受け入れている。
決まった休みに皆が休んで、皆で疲れている。
観光地、イベント施設、飲食店、空港、新幹線、高速道路。

どこまで行っても見るのは人ばかり。
これ、本当に休めているのだろうか?


渋滞のまっただ中で考えはじめても仕方ないのだ。
なぜなら今、逃げ道がないのだから。

逃げられなくなる前に回避策をたくさん実行してみよう。

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