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#880 / 2014.01.19

道具化

クルマはもはや道具です。

ちまたでは、クルマは文化か道具かという議論があります。
F1や国内レースでたくさんの観客が応援に訪れ、クルマを題材にしたゲームや書籍にたくさん触れることができます。
モーターショーが開催されれば、連日何万人ものお客さんが訪れます。
旧車をずっと大事に乗り続ける人やオーナーズクラブが多数存在していることからも、日本国内においてクルマは文化であると言えるでしょう。

そういった文化はあるけれども、近年の風潮をみると道具として重視される傾向にあります。
大都市部では公共交通機関で事足りる人が多く、地方では無ければ困る交通手段。
若年層の間では、クルマは維持費のかかる金食い虫。
消費税や自動車税の増税に、揮発油税と消費税の二重課税で持っているだけでお金がなくなる高級道具。
クルマは庶民にとって人や荷物を運ぶ便利な道具であり、役人にとっては手っ取り早く収入を上げる道具です。

クルマが好きな人はたくさんいる一方で、メカニズムがどうとか運転が楽しいかどうかではなく低燃費や乗車人数、積載量あるいは減税額でクルマを選ぶ人は多いです。
クルマを道具として割り切っているのです。

考えてみれば、それは一つの正しい考え方かもしれません。

他人と比較することを考えるからグレードを上げてみたり余計なオプションを付けてみたりして、本来自分が求めているものよりかけ離れたものを手に入れてしまうことがあります。
でも、あくまでも移動媒体だと割り切って考えれば、本来不要なものに惑わされずに済みます。

本来不要なものはあなたの生活をより便利にしてくれるかもしれませんが、相応の金銭や場所を負担しなければいけないことも意味します。
手に入れるときは舞い上がってそうした負担をわすれがちです。
そして、しばらく経って自分の選択を後悔するのです。

本来、あなたの人生をより良くするために道具があるのであって、道具を目的とする人生ではないはずです。

あくまでも道具と割り切って、シンプルに考えてみましょう。
その道具を手に入れることで得られるものには便利さやメリット、あるいは満足感があるでしょう。
しかしながら、購入費用だけでなく税金、場所、修繕費など相応の対価を支払っていかなければなりません。

どんな高額なものでも、あくまでも一個のものです。
見栄とか他人との比較など関係なしに、道具との付き合い方を一度見つめ直してもいいかもしれません。

背伸びせず人生観にあった道具を選ぼう。

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