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#878 / 2014.01.05

古習

あけましておめでとうございます。
2000年から始まったこのサイトも、もう15年目を迎えました。

いまやハイブリッドカーが市場を席巻する時代ですが、サイト開設当初はトヨタ・カローラがまだ販売数で辛くも1位を保っていた時代でした。(登録車に限る、2001年10月度)

時代は変わり、クルマにステータスを求める人は激減して、道行くクルマは小型車か軽、あるいはハイブリッドカーばかりです。
クルマが売れているならまだしも、クルマを手放したり、そもそもクルマを欲しない人も増えてきました。
いまだに右肩上がりの過去に囚われている人達からすれば、頭では理解できてもまだまだ納得できないかもしれません。
でも、事実なのです。

良い年齢の重ね方とは、過去に囚われないことなのかもしれません。
重ねた年齢を盾にして昔の常識を振りかざす人がいますが、後進に見せる姿として恥ずかしくないのでしょうか。
恥ずかしいと思うならそもそもそのような行動はしないはずで、恥ずかしさを感じなくなってしまったからこその行動なのでしょう。

仕事でもなんでも方向性を考えずに「ただガムシャラに」やっていれば間違いないんだと勘違いしていませんか?
何でも価格が高かったり多くの人が使っていれば、迷わず「いいもの」と思考停止していませんか?
もし食品アレルギー体質の人に根性論で食べさせようとすれば、下手すれば死に至らせてしまうのです。

無知をひけらかして害を振りまき始めるまえに、今一度、自分の考え方と今の時代の考え方とが乖離していないかチェックしてみるいい機会です。
もし、ずれていると感じたら、その時は謙虚にあらためればいいのです。

「古習に惑溺する者は、必ず事の由来を旧くして長きを誇り、(略)その状あたかも好事家が古物を悦ぶが如し」とは福澤諭吉の言葉です。
古い考えが善で新しい考えが悪だとしたら、人類の発展は悪と言うことになります。
そんなわけはありません。
いくら古くて浸透された考え方だとしても、それが最善とは限りません。

新しい年が始まりました。
古い慣習に疑問を抱いて断ち切ってみる絶好の機会です。

当たり前を疑おう。

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