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#830 / 2013.02.04

フレネミー

フレネミーとは「friend(友達)」と「enemy(敵)」が合わさった造語です。
友達のように見える敵を「フレネミー」といいます。

  • 普段は愛想が良くいざとなれば手助けするとにおわせながら、自分の利益にならないと見るや態度を豹変させる人。
  • 相手の見えるところで友好を強調しながら、相手のいないところでその人の陰口をたたく人。
  • 信頼して困りごとを相談したにもかかわらず、相談内容を他人に口止めしつつ漏らしてしまう人。
  • 聞かれたくないことも根掘り葉掘り聞き出したがったり、話したことを悪意をもって他方に拡散してしまう人。
  • 人間同士のつきあいで、やたらと主導権を握りたがる人。

人間であれば態度と本心が相違することはままありますが、それがあからさますぎるケースも該当するでしょう。

フレネミーな人がそばにいると、それだけで疲れます。
その人を信ずることが難しくなってこちらが避けようとすれば、なぜ避けるのかと激高し出したりするから手に負えません。

私はこうした性質を表す言葉が分からず釈然としない感情が残ることがしばしばあったのですが、この言葉を知って納得することができました。

その後、フレネミーな方に遭遇したときの対処法として調べてみたりいろいろ試した結果、身にしみて分かったことは「距離を置くこと」の一言に尽きます。
近づけば突然居丈高にぶつかってくるし、遠くにいても悪意を持った広め方をしているんじゃないかと,そのつもりはないのに勘ぐってしまうのです。

徐々に疑心暗鬼を生じて精神的に消耗するくらいなら距離を置いた方が得策でしょう。
人が変わるにはその人が気づかなければ変わりません。
身を粉にしてその人を変えようとすれば、それは人生を他人のために浪費してしまうことになります。
そんな時間は人生のどこにもありませんし、そもそもその相手も望んでいなかったりします。
ならば、みずから距離を置くことです。

運転と一緒です。

不審車両には一切近づかないこと。
飲酒時はもちろん、体調が優れないときも運転を避けること。

何となくながらその相手から少しでも不信感や違和感を感じたら、近づくのを避けたほうがいいでしょう。
その直感は、きっと間違っていません。

違和感を信じよう。

追記(2013.02.04記)

善意をもって近づいても仇で返すような人にこちらがいろいろな話題や譲歩を提供することで、より相手は増長しさらなる悪循環に陥ります。
内緒話はしない、詮索や悪口につきあわない。
つきあって疲れる相手は、友達ではなく敵です。

もちろん、自分が誰かのフレネミーとなっていないか、と考えてみることも大事でしょう。
もし、穏便に距離を置かれているようならば、気をつけましょう。

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