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#818 / 2012.11.11

ピットイン

燃料切れが迫っているとき。
タイヤがパンクしているとき。
体力や集中力が落ちているとき。
いずれもピットインする理由に値します。

ところが、この国ではピットインせずに突っ走ることを是とする風潮があったりします。

頑張るだの気合いだの、そうしたガンバリズムに囚われて一歩、いや半歩すらも進まないことを問題視しないといけないでしょう。
効率そっちのけで少しでも進めば確かに「前進」には違いありませんが、牛歩を前進と表現するにはいささか弱すぎます。

しっかりと走れない状況にあるにも関わらず無理に前進することに、いったい何の意味があるのでしょう?
それは美談でも武勇伝でもなく、ただの非効率自慢です。

不調時にはしっかり休み、不調の原因を取り除かなければいけません。
自分が不調であることで事故を起こしたり二次災害を起こすのならば、まったくのマイナスでしかありません。

しっかり給油し、ミゾの薄くなったタイヤを履き替え、身も心もリフレッシュする。
それが最高のパフォーマンスを出すために、また周囲の仲間に迷惑をかけないためにも必要なことです。

休息で最高のパフォーマンスを引きだそう。

追記(2012.11.11記)

それでも進まなければならない状況に追い込まれているのは、計画や環境がそもそも破綻している証拠です。
そんなレースはひとまず完走させて、次からは一切参加しないのが賢明かと思います。
(そもそも終わりがまったく見えない環境下に置かれがちなのも、この国で日常茶飯事だったりするから困りものです)

努力で前へ進めるのは、努力して報われる牧歌的な時代での話です。
もっと安く、そしてもっと時間のある世界中の人達が私たちを追いかけ、そして抜かしつつある今の時代に精神論で勝負してみても、いったいどうして勝てるのでしょうか?

同じ土俵で前時代のやり方や考え方のまま戦っても、消耗戦に巻き込まれるだけでしかありません。

レーサーとして走るばかりが生き方ではなくレーサーを自分の分身として育てうまくマネジメントしていくことで、自身をすり減らすことも無くなると考えますし、そうしなければ未来はちっとも良くならないでしょう。

消耗することが善とはどうしても思えません。
せっかくピットインしたのなら不調の原因を取り除くだけでなく、そもそもそのレースに何の意義があるのかを考えなければいけないでしょう。

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