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#807 / 2012.08.26

段差のある幹線道路

福島県郡山市内を走る国道4号線バイパスには、東日本大震災による段差が数カ所あります。

バイパスの下をくぐる県道や鉄道のトンネルごと縦揺れしてしまったことで、上に載っているバイパス路面を突き上げてしまったようです。
目算ですが高低差は約10cm。
時速60kmで走行していると、車体が沈む感覚と段差の衝撃を強く感じます。
震災から約1年半が経ちましたが、現場付近には「段差に注意」と書かれた看板が立っているのみです。

乗員と積載物への負荷を考えると、そのままの速度で走り抜けてはよろしくありません。
おかげでそのバイパスを走る時は意識して減速しています。

よく考えてみれば減速を伴うものの通行できますし、震災直後の路面崩落などにくらべれば取るに足りません。
修復リストがあるとすれば些事で優先順位が低いとみられる内容です。
もしかしたら修復の予定すら無いかもしれません。

とはいえ、トラックなどもそうですが衝撃を嫌って段差の直前でブレーキを踏むクルマもあるので、自動車の流れは滞りやすくなっています。
こうした問題は渋滞を引き起こし、時には事故にまで発展してしまうでしょう。

ここで考えてみたいのは、道路修復を早く促したいということではありません。
何か手立てを考えなければいけない側にいるとき、ささいなことを些事として片付けていいのかと言うことです。

私の経験上、些事をほうっておいてよかった試しはありません。

炎天下の車内で眼鏡や機械を車内に置きっ放しにしてダメにしそうになったりとか、締めたつもりのナットが緩んでいてタイヤがホイールごとはずれそうになったりとか、数えればきりがありません。
幸い悲劇には至りませんでしたが、いつ何時自分の身に降りかかってくるか分かりません。

大丈夫だろう。
できているはず。
問題ないはず。

これらの言葉は、ともすれば大惨事を引き起こします。
些事を些事としておろそかにすれば、その代償は計り知れません。

今が問題なければ大丈夫ではなく、今は何もなくても小さなことに至るまであらためて見直してみることは大事なことではないでしょうか。

些事を大事にしよう。

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