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#791 / 2012.05.05

まよい道

ナビを見ればルート通り。
到着予想時刻も表示されているし、今走っている道の何を疑うのでしょうか?

たぶん、今走っている道が最短なんだと思います。

しかし、今だけの話かもしれません。
数km先は大渋滞しているかもしれないし、天候不順による通行止めになっているかもしれません。

そうなったときに機転が利かせられますか?

言葉ではわかっていても、なかなか身動きがとれないものです。
高速道路で渋滞したときのように、逃げたいときに思いどおりには逃げられないでしょう。

大人になればなるほど、たくさんのしがらみや捨てられないものが増えていくものです。
そんな状況下におかれたとき、あなたならどんな選択をとるでしょうか。

動けないながらも近道を探しますか?
今ある道をそのまま突き進むことを選びますか?
それとも渋滞に巻き込まれたことに対して、激しい呪いの言葉を吐きますか?
ことによっては、何もしないことも選択の一つでしょう。

きっと正解はありません。
もっと言えば、正解がないのが正解なのかもしれません。

極端なことを言えば、法や倫理に触れないかぎりいろんな打開策が打てるということです。
情報端末や友人からのアドバイスで近道を知ろうとするもいいし、じたばたしないでいま置かれた状況を精一杯楽しむことだっていいでしょう。

きっと私なら、初めのうちは精一杯近道を探そうとします。
でも、すぐに諦めるでしょう。
一人でジタバタしても仕方ないのだから、その状況、手持ちの資金、道具からどんな手があるかいろいろ考え出して、最善と思われる策をかたっぱしから試みて、それでもダメならじっと待つと思います。
もちろんこの方法も最善ではなく、例えば炎天下に置き去りにされたような場合なら体力を失わないようウロウロしない方法が最善だったりするので、一概にこうすればいいとは言いにくいのです。

状況に応じてとるべき策が変わってくるものだと思います。
したがって「これをしなければならない」だの「これこそが最良」といった、なかば決めつけた提言に頼ることはかえって危険です。
それよりは失敗してもいいから、自分の信じた策をいろいろやってみて、その結果がどうなったかを自己分析することが大事かもしれません。

むしろ失敗したときがチャンスです。
なぜなら、結果に対して謙虚に受け止め対策を練ることができるからです。
下手に成功してしまうと、私も含め多くの人はなぜ成功したのかを検証しないままラッキーで終わらせてしまうものです。

たくさんトライして、たくさん失敗して、そして何か一つでも得るものがあれば十分に御の字です。
一見、回り道かもしれませんが、たぶん、そうやって走っていく道が最短なのかもしれません。

たくさんの選択肢が眠っていることに気づこう。

追記(2012.05.05記)

渋滞の話というより、これまでも、そしてこれからも活躍していくみなさんに宛てたメッセージと読み替えてもいいかもしれません。

私自身も走り方のコツをつかみながら近道を探そうとしているのですが、なかなか見つかりません。
まだ見えていないのか、それとも見るべき場所が間違っているのかもしれませんね。

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