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#787 / 2012.04.08

kkd

ソフトウェア開発などものづくりの各現場で見積もりを算出する際に、まま言われるのは「KKD」です。

KKDとは「勘・経験・度胸」をいい、つまり過去の事例を主な基準として進めていくことをいいます。
一部では「根性・根性・ど根性」と揶揄されることもあるようです。

およそ非科学的で属人的なこの方法ですが、時間もお金もない現場ではこれで乗り切れたりするので、完全に否定する理由もありません。
しかしKKDは人の経験に大きく依存する要素が多く、また本質的な問題を見落としてしまうこともあります。

まともに考えれば、KKDだけでなくデータや標準化された手順を併用しながら論理的にも考えましょうということになるかと思います。
しかし、KKDでやってこられた人からすれば、理論ではわかっていても、やっぱりKKD頼みになってしまいがちです。

あえて、KKDを貫いてみてはいかがでしょうか?

勘と経験でわかる領域まで身につけた方なら、あとは度胸で勝負してもありだと思います。

クルマの運転も似たところはあって、クラッチのうまいつなぎポイントとか渋滞しそうな予感なんて言うのはうまく言語化できないものです。
そのあたりは経験によるところが大きく、概して初心者ドライバーやペーパードライバーと熟練ドライバーとでは大きく差が出ます。
それだけの経験値があることを大きな強みとしてKKDを貫くのも、一つのやり方です。

経験で得たKKDを活用しよう。

追記(2012.04.08記)

上記ではこう書きましたが、私自身はKKDではすべての局面に対抗するには不十分だと考えています。

KKDを発揮するまでには相応の年月がかかるし、なにより過去の成功体験が通じない今のような時代ではKKDを振り回して自分を傷つける結果に終わることもあります。

属人的なKKDにたくさんの知恵を加えれば、もっと良くなるのかもしれません。
自分の経験に加え、他人の経験、自身の置かれている現状、今打てる手を実践したときに起こりえる未来予想。
こうしたことがら一つずつに真摯に向き合って考えたとき、違った突破口が見えてくるのかもしれません。

目的は一つでしょうが、正しい手段が一つとは限りません。
手段と目的が混同していないか注意してみてください。

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