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#781 / 2012.02.26

ハンデ

ハンデに逃げてはいけません。

生きていくうえでさまざまなハンデを負い続ける人は確かにいます。
そうした人達を制度や金銭等で支援していく社会は必要だと思いますが、過剰な支援をするのもどうかと思います。

世の中を見ると、女性専用車両が用意されたり身体障害者輸送車は税が減免されたりしています。
うがった見方をすれば女性や身体障害者をハンデと決めつけているようなものと思うのですが、決めつけるなと憤る人を私は見たことがありません。
ということは、ハンデを受ける人達は受けて当然の権利だと考えているのでしょう。

また、ハンデは自己主張するものでもありません。
ハンデをつけて欲しい人は会話をするとわかります。
聞いてもいないのに冒頭で「私は女です」とか「私は障がいを持っています」と枕詞をつけて話します。
しかし、性別とか身障者かなんていうのは相手からすれば何ら関係の無いことで、わざわざ宣言することではありません。

つまらない予防線を張る人は、本当は表舞台に立ってはいけない人です。

公道を走ると新人からベテラン、老若男女、いろいろなドライバーが走っています。
若葉マークやシルバーマークをつけているくらいの違いはありますが、確実に言えることは誰に対しても道路交通法遵守が義務づけられているということです。

新人だから許してあげよう。
女性だから許してあげよう。
高齢者だから……、身障者だから……。

そうしてハンデを盾に許しを請うような人が事故を起こしたら、被害者はどうすればいいのでしょう。
最悪の場合、被害者側は死者が出たのに加害者側は無罪放免となるやもしれません。
こんなことは、まったく理にかなっていません。

冒頭でも書きましたが、ハンデにはある程度支援が必要だとは思います。
しかし、ハンデを受けることが前提と考えるのは大きな勘違いです。

マイナスのスタートだからとりあえずゼロであればいい、ではないのです。
スタートがどこだろうと人並みにプラスの状態まで持って行けていないのならば、まずはそこから改善する必要があるでしょう。

ハンデだのなんだのと、いちいち自分の状況を言い訳しないことです。
言い訳すれば、人間はその心地よさから死ぬまで言い訳を続けます。
そういう人は死ぬまで「みそっかす」のままつまらない人生を送っていくでしょう。

処世術に長けてもプロとして認識されない生き方を、あなたはしたいですか?

予防線を解こう。

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