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#725 / 2011.02.13

心の神様

飲酒運転、割込み、信号無視、当て逃げ。

悪意のあるなしはあるにせよ、当事者のみでなく他人にまでも被害を及ぼす悪質運転が無くなったためしはありません。

悪意があれば悪質運転ですが、無邪気に悪意のないまま行なう運転もまた悪質運転になります。
こればかりは自動車の製造技術向上よりドライバー一人ひとりのモラルによるところが大きく、将来何年後には必ずよくなるといった話ではありません。

悪質運転は、自分勝手さを優先させるがために起こります。
どうして、自分勝手なふるまいをしてしまうのでしょう?

ひとつの仮説ですが、心に信じるものが無いからではないかと思うのです。

ひらたく言えば、心に神様がいないということです。
神様がいなければ、おそれるものも暴走を抑止するものも無いから何をやってもいい、ということになります。

酒を飲んでもこわくない、多少割り込んでも信号無視してもどうと言う事はない。
だから、自分のやりたいようにやってしまえるのだろうと思うのです。


心に神様がいないことを、当たり前にしてはいけません。
自分勝手に振舞うだけでも迷惑ですが、エスカレートすれば社会全体にマイナスを及ぼす害悪にあなたがなってしまうでしょう。

「心に神様がいない」ことについて黄文雄著「それでも、中国は日本を越えることができない!」にこんな一説が載っていました。
衝撃的ですが、あえて載せます。

「中国人ほど残虐な民族はない。たとえば、刑法の『凌遅処死(生きたまま手足を切り刻み、死に至らせる)』をはじめとする歴代王朝に見られる住民大虐殺だけでなく、死後さえ屍を許さない『鞭屍(屍を鞭打つ)』『食肉寝皮(死者の肉を喰ったり、皮を剥いでシーツにする)』など、神のいない民族の残虐性を知るべきだ。」

さすがにこれは行きすぎだとしても、心に神様がいなければ、人間は相手の人権すらまったくお構いなしにふるまってしまえるということです。

本コラムを読んでいる方々は、運転免許を許された立場にある方が多いことと思います。
私もそうですが、免許取得時は安全運転に努めていても、年を経るごとにその初心は忘れてしまいがちです。

あなたの心に、神様はいますか?

仮にあなたが運転免許保持者でないとしても、もう一度、あなたの心に神様がいるか自問してみてください。

心に神様がいるか再確認しよう。

追記(2011.02.13記)

不法に領土侵略する隣国、中・韓・露あたりの政府要人も「心に神様がいない」方ばかりだと私には映ります。
しかし現在の政権与党の政治家にも同じくらい心に神様がいない方々ばかりのようで、必死に亡国策を実践しているようにも映ります。
今の私一人では何ともできそうにありませんが、また次の選挙でも自分の思いを代弁してくれる方に投票しようと思います。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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