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#718 / 2010.12.27

自分が変えられるもの

あなたは、他人をどうにか自分の思い通りにさせたいと考えたことはありませんか?

友達のこと。
恋人のこと。
肉親のこと。
家族のこと。

たとえば、もっと自分を見てほしい。
たとえば、もっと自分の言ったとおりにしてほしい。
たとえば……挙げていけばキリがありません。

少なからず、あると思います。
もちろん、私にもたくさんあります。

でも、うまく変えられたためしはありません。

自分以外を他人とするならば、いくら近い間柄であってもやはり他人は他人なのです。
他人を変えようとすることは、とんでもなく大変な時間や労力、あるいは根気が要ります。

それだけでなく、他人を変えることに必死になっても、必ず結果が出るとは限りません。
その上、あなたも他人もお互いに辛いです。

もう他人を変えようとするのは、やめませんか?

これは「他人を見放す」ということではありません。
「変えられることを変えていきませんか?」ということです。

他人を変えることは大変と書きましたが、自分が変化するのは意外と楽だったリします。
あなた自身のプライドや費用的に難しいといった問題はあるでしょうが、それでも他人を動かすことに比べれば微々たる問題であることが多いです。

運転中に何台もの車列の中を走ることを考えてみてください。
自分の直後を走るクルマの中には、自分との差をガンガン詰めてくるドライバーもなかにはいます。

もし自分が車列の平均速度より遅いのなら、速度を上げれば済むことです。
仮に自分の車が荷物満載の大型貨物なら、やむを得ません。
それで精一杯、平均速度速度に近づけて走っても詰めてくるドライバーは詰めてきます。

警察車両やその筋の人のクルマでもない限り、詰める人は詰めるのです。
それは前を走るあなたがいくらどうしようとしても、車間距離は変えられないのです。

でも、あなたとあなたの前の車との車間距離は、あなたの運転次第で詰めることも広げることもできます。
それはつまりあなたが最適だと感じる車間距離を、あなた自身が作り出すことができるのです。

そういうことを考えてみると、他人までもすべて思い通りにというのは無理がある考えなのではないかと思います。

変えられないことや変えがたいことを精一杯やってもあまり意味がありません。
そこに固執するより、あなた自身が変わることで変えられるなら、変わるほうが何倍も有意義なことではありませんか?

変化をおそれない。

追記(2010.12.27記)

小さなプライドにしがみついて沈み行くか、
小さな変化を起こして新しい世界を見いだすか。
要は「やるか、やらないか」だと思います。
来年も応援のほどよろしくお願いいたします。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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