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#712 / 2010.11.14

邪魔するもの

先日、朝の通勤時に1台のクルマに邪魔をされました。

少し遅刻気味だったので、あえて高速道に乗り、少しとばし気味に走っていました。
すると後ろから別の一般車両が追いかけてきました。

まぁ煽ること煽ること。
仕方なく抜かせてやれば、今度は直前に割り込んで、挙げ句にブレーキまで踏んできた。

エンジンブレーキをかけながら走っているおかげで幸い衝突はしませんでしたが、明らかに悪意のある運転です。
こちらは通勤中で急ぎたいだけなのに、ひどく不愉快な思いをさせられてしまいました。

しかしその後冷静になって考えてみたら、惨事を起こさず良かったという安堵と熱くなりすぎた自分への後悔を感じてしまいました。

高速をおりながら、2つのことを考えてみました。
ひとつは自分も過去に故意であれ無意識であれ、相手の進路をたくさん妨害してしまったことへの因果なのかということ。
もうひとつは、妨害したものはいずれ別の形で報いを受けるんだろうな、ということ。

因果応報とはよく言ったもので、何か得をしたかのように見えても別のところでおなじ分の損をするものです。
今までいろんなところを走ってきて、そういうのはたくさんありました。

とくに自動車は、アクセルペダルさえ踏めれば数十、あるいは100馬力以上ものパワーを出すことができる乗り物です。
暴力的なパワーで威嚇させたり、場合によっては殺人マシーンにさせてしまうこともあるのです。

普段は、誰しもが事故を起こさない運転をしているつもりです。
しかし車内では個人の性格がよく出ますから、ほとんどの人は運転中に独善的な行動をとったことがあるのではないでしょうか。

クルマだけに限りませんが、何か不快なことをされたとき単に被害者ぶる前に、過去に自分も加害者にしていたことの報いかもしれないと冷静に考えてみたことはありますか?

これは結構、大事なことです。
ゴネ得をしたり感情的に泣き叫んで被害者ヅラをする人が増えつつある昨今、つまらないことで自分の品格を落とさないようにするということは、人間としてどう生きていくかをきちんと理解しているかを問われているようにも思えるのです。

逆に、この発言や行動は品格を上げるということがわかっていて、かつ実行できる人はやはり素晴らしいのだと思います。
私自身は宗教家ではありませんが、やっぱり自分の考え方ひとつでその後の人生は好転にも暗転にも向かっていくものではないでしょうか。

あなたは真人間ですかと問われたとします。
大半の人は口頭では「真人間ですよ」というでしょう。
しかし行動を見れば、どれほどのものかということがつぶさにわかってしまうものです。

仮に真人間ではないと答えたとしても、やはり真人間として生きていきたいものです。

因果応報。

追記(2010.11.14記)

ちなみにそのクルマ、車種もナンバーも把握しています。
銀のRN#、ナンバーは……
しかし、ドライブレコーダーってすごいね。

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