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#707 / 2010.10.11

なきごと

悲観的な人間は、自分の照らす明かりだけを見て、それしか頼りが無いといいます。

本当でしょうか?
いくら山岳道路でも、集落に入れば街灯のひとつやふたつはあります。
自分のヘッドライトだけが頼りと思ったら大間違いです。

泣き言をいうのは、物事に深くまで踏み込んだことの無い底の浅さを自分でばらしてしまっているようなものです。

ぬるい国道しか走ったことが無いくせに、いざとなると大人しくなるなんて情け無いですね。

アクセルを踏めばいい。
減速はブレーキ頼み。
シフトすらも機械任せ。

そんな走り方で生きていて、イレギュラー時に思考停止してしまう人のなんと多いことでしょうか。

ガードレールすらも無く、夜には漆黒の暗闇が巨大な口をあけて待っている峠道。
厳冬期の数ヶ月間には、閉鎖か凍結注意の標識だらけ。
山かげと深い森林で日の光ですら遮られ、携帯の電波はまったく入らない。
もちろん都会だって、ハイウェイの路肩で停止していれば、死ぬかもしれない恐怖と孤独でいっぱいになるでしょう。

冷静になると、確かに悲観的になってしまいそうです。
でも、閉じ込められたわけではありません。
道は続いていて、どこかに辿りつける可能性は十分にあるのです。

いちいち悲観していたら、前へなんて進めません。

自分が一番不幸だと考えるのは、ただの経験不足です。
ダメだなんて寝言を言う暇があるのなら、少しでも早く経験値を稼ぐしかないのです。

泣き言はやめよう。

追記(2010.10.11記)

いろいろな現場を知らないと、何も身につかないと思いますよ。

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