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#698 / 2010.08.09

エアコンをつけない理由

猛暑日が続く夏、炎天下の車内は殺人的に暑くなります。

走るクルマの9割以上は、みな窓を閉め切っています。
当たり前のように、エアコンをつけて走っています。

私は、他人を乗せるときはエアコンをかけますが、一人で走るときはほぼ間違いなく窓全開で走ります。

エアコンが故障しているわけではありません。
燃費悪化を懸念しているわけでもないし、エアコンによるパワーロスを懸念しているわけでもありません。
人によっては過剰な冷房による体の恒常性低下を挙げるかもしれませんが、私はそんなに懸念していません。
排気音を楽しんでいるのは一因ですが、それは主な理由ではありません。

一つの理由として、エアコンのない実家で育ったから、というのがあると思います。
実家があるのは田園地帯で、窓さえ開けておけば心地よい風が吹き抜ける恵まれた環境で育ったことが大きいのだと思います。

いくら暑くても扇風機があれば何とかしのげるし、そもそも夏は暑いもの。
そういう考えで今に至っているからエアコンがなくてもだいたいなんとかなる、と考えています。

それよりも、エアコンを使うことによってある嫌悪感を感じてしまう自分がいることに気づきました。
自分はエアコンの恩恵で気持ちよさを満喫しながら、一方で排熱をばらまく感じが好きになれないのです。

たとえばコンクリートだらけで都市全体が放熱しにくい首都圏において、すべてのクルマが窓を閉め切ってエアコンをかけたとすると、そこで放熱された熱気はさらに都市を暑くするでしょう。
歩く人達はさらに汗だくになり、運転手たちは暑さを回避すべく車内エアコンで都市温暖化を加速させます。
それは言い過ぎかもしれませんが、一説ではその熱気は太平洋からの風に流されて、埼玉県熊谷市まで流れるともいわれています。

別に、エアコンをつけるなと言うつもりではありません。
猛暑を記録するほど暑いのですから、楽に避暑するためにエアコンに頼ることは間違いではないと思います。

ではなくて、自分の快適さと引き換えに誰かが不快になっているかもしれないことを想像する力はありますか?ということをいいたいのです。

「自分は涼しくなりました、めでたしめでたし」で終わっていいのかと一つ考えてみる余裕はあってみてもいいと思うのです。
暑くてそれどころじゃない、というのはわかります。
ただ、その理論は、不正を指摘されて開き直る人達とあまり変わらないとも思うのです。

このおかげで自分はこんなハッピーな状態になった。
でも、そのために他人に変化はあったのか、とか、もしこの状態がもっと世界規模であったら、のように想像をめぐらせることは、意外とできていないことが多いものです。

世の中は自分だけで生きているわけではないのです。
他人や環境にどんなふうに影響を与えているか。
こうした視点を持つことで、もっと広い視野で物事をとらえることができるようになるのではないでしょうか?

窓から入る風を楽しもう。

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