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#681 / 2010.04.19

自分の器

どんな器であっても、大きさは有限です。

例えばクルマという器を考えてみると、クルマそのものの大きさやエンジンパワーに限りがあることが分かります。
どうがんばったところで幹線道路の道幅以上の全幅は取れないのですし、市販車で100万馬力も出るエンジンを積んでいるクルマは無いのです。

住居もそうです。
いくら広いスペースがあったとしてもサイズは決まっているものだし、ましてやさまざまな物欲を満たしていくことで居住空間そのものが失われていきます。
そうでなくとも生活していくなかでゴミは発生しますから、ゴミを捨てないとさらに居住空間を圧迫します。

一つ一つの存在をすべて1つずつの器として考えると、どんな器でも大きさは有限なのです。
大きさが何を指すのかは対象によってさまざまですが、物質であれば物理的な大きさ、また人間や法人、あるいは国家など人間が含まれるものについては、物理的な大きさに加えて精神的な器の大きさも含まれてくるのだと思います。

大きさは有限ですから必ず限界はあるのですが、器が大きくないとやれることが限られてしまうのもまた事実です。

例えば、人間20人をクルマで移動させたいと考えたとします。
乗車定員4名の軽自動車では、自分のほかに3人しか乗せられず7往復しなければいけません。
5人乗りのセダンでは、5往復。
7人乗りミニバンでは、4往復。
でもマイクロバスなら、往復せず1回の運行だけで事足ります。

極端な例ですが、乗車定員という器が小さいと何往復もしないといかず、本来他にできた時間を往復移動に費やしてしまうのです。
こうしてトータルで見ると、移動時間にばかり時間を取られてしまって自分のやれることが限られてしまいます。

とりあえず自分の器が大きくないと、狭い視野でしか勝負できなくなってしまいます。

しかし、時間がたてばもっと要求レベルは上がっていきます。
今度は50人を一気に移動したい、と求められたとき、マイクロバスのままではいけないのです。
そうなると今度は、大型バスでなければいけなくなります。

人間、とりわけ仕事をしている人達も、そうだと思うのです。
20の労力を掛けなければいけない仕事があって、1時間当たり4しか掛けられないAさんと、同じ1時間で20も掛けられるBさんを比べたら5倍も差が出ます。
だからこそ、Aさんは早くBさんのようになれるよう精進する必要があるでしょう。

しかし、Bさんはそのままでいいわけではなく、次の2つのことに取り組んでいく必要があるでしょう。

  • 今後あるかもしれない50の労力を掛ける仕事がいつ出てきてもいいように、やはり精進すること
  • 20の労力を掛ける仕事が、今度はもっと少ない労力でできるよう省力化をはかっていくこと

先ほどの例だと大型バスが効率的に見えますが、大型バスには小回りが利きにくい弱点もあります。
そこでマイクロバス2台分にしたほうがいいと考えると、今度は別の運転手が必要だとわかります。
そのためには運転手を雇うか新しく育てるかなどいろいろ悩むのですが、そういう風に自分の作業を減らすなどして省力化していくことも大事です。

ただ省力化にいたるまでは自分に余裕が無いといけません。
結局、自分の器が大きくないと、その次の手が打てないのです。

自分の器を大きくさせよう。

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