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#678 / 2010.03.29

クルマ依存症

普段は自動車通勤の私ですが先日、飲み会があったので久々に電車で通勤しました。

その中で感じたことは2つ。
電車通勤という非日常的な驚きと、いつもあるクルマが手元に無い不安。

しかし自身のなかでは、非日常の驚きより圧倒的に不安が勝っていました。
自動車が便利すぎて、ちょっとしたクルマ依存症に陥っていることを痛感しました。


これは私が地方在住だからかもしれません。
電車もバスも発達した首都圏在住であれば、鉄道依存症なりバス依存症と言っていたかもしれません。
普段の生活になくてはならないものだと思い込んでいるから、一時的にでも手元に無いと不安ばかり募ります。

そんなことを考えていたら、どんなものにも依存症があるじゃないかということに気づきました。

携帯電話依存症、インターネット依存症、仕事依存症、買い物依存症。
これらは治療の必要があるアルコール依存症や薬物依存症に比べれば、もしかしたら軽度かもしれません。

とはいえ、クルマが無いだけでも不安がる私のような人間がいるのです。
依存している対象を取り上げただけで、依存症の人は極度に不安がり、ときには激しく怒りだすかもしれません。

あることが当たり前だと思っていると、無くなったときの衝撃はとても大きくなります。

もしその衝撃をコントロールしたいなら、無い状態の耐性を高めておくことでしょう。
それにはいきなり手放すのではなく、触れない時間を作ってみることだと思うのです。

いつも触れているとより依存症になってしまうし、また存在しているありがたみもわからなくなってしまいます。

すべてのものに出会いがあるように、すべてのものに別れがあるのです。
依存症になればなるほど、別れが格段に辛いものとなるでしょう。

たまには無い状態を疑似体験してみるのも、人間にとっては必要なことかもしれません。

無い状態を楽しもう。

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