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#655 / 2009.10.12

何も言うことは無ェ

母方の祖母が骨折で入院しました。

私から見れば昔から可愛がってもらったことのない祖母で、いつも同い年の従兄弟ばっかり褒めるし贔屓していました。
なにも誇大表現でなく、本当に昔から遊びに行ってもうるさいガキだ、くらいの反応をしていたのです。
けして祖母に私が悪さをしていたわけでなく、何べんも懐っこく遊びにいっていただけなのに。

今年85歳。
別の症状で入院していましたが退院日が近くなったある日一人でトイレに行こうとしたらしく、ベッドを降りようとしたら体を滑らせ床に落下したのだといいます。
その際に骨折したようです。
現在、左半身麻痺。
骨折を治そうにも、年齢的に手術は無理らしいと祖父は言っていました。

さすがに余生は長くないでしょう。
生まれてこのかたつれなくされ続けたとはいえ、さすがに血縁関係のある祖母です。
貴重な休みの日を割いて昨日、市内の救命病棟へ急いだのです。

しかし、祖母は病室にはいませんでした。
どうやらちょうど来ていた祖父と親戚が、同じ階のホールへと連れて行っているらしいのです。
心配しながらホールへと向かいました。

「婆ちゃん、俺だよ大丈夫かい?」
「あっ、ホラ婆ちゃん、まさひろが来てくれたよ!」

祖母は鼻から管を通し、口をぼんやりあけ、車椅子に座っていました。
ホールが西部屋というせいもあって、部屋全体は程よく眠たい空気に包まれていました。

眠たいのでしょうか?
祖母は、私の呼びかけに一切目を開けません。

「婆ちゃん、眠いの?」
「婆ちゃん、具合はどう?」

私はしきりに話しかけてみるものの、祖母は目も開けず、いっさい言葉を発しません。
なんだろう?
眠たいのか、言葉を選んでいるのか、それとも私を忘れてしまったのでしょうか。

30秒ほど話しかけて、やっと祖母が発してくれた言葉はこれでした。

「……何も、言うことは無ェ……」

祖父と親戚は慌てて「何も無ェっちゃあんめぇ(あるまい)。せっかく来てくっちゃんだ(来てくれたんだ)ぞ!」と言ってくれました。
しかし祖母はその後結局、私に何も発してくれませんでした。

じきに、看護師が「病室で検査しますよ」と現れます。
そのタイミングで祖父達には帰ることを告げ、病院をあとにしました。


どうやら最期まで、私は祖母に嫌われ続けるようです。

会うのは最後になるかもしれないから、もしかしたら「来てくれてありがとう」くらいは言うのかと思っていました。
まさか「何も言うことは無ェ」だとは思いませんでした。
私が、少し甘かったようです。

家に着くまではそのセリフが頭から消えず、何度も何度もそのシーンだけが繰り返し見えました。

見舞いを勧めてくれた母に連絡し「とりあえず、今後は堂々と不義理できるからせいせいした」などと強がってみたのですが、悲しみより深いため息しかでてきませんでした。

多分、祖母とは金輪際会わないでしょう。
仮に祖母が他界したとしても、葬式や線香あげにも行く気はないです。
接点を持ちたくない人間が自分の葬儀や墓前に現れたら、それはそれで嫌なのだろうから頼まれても行かないのがお互いのためなのだろうと思います。

それから一晩。
冷静になって考えてみると、つらいのは私でなく祖父なのだと思えるようになってきました。

もちろん祖母に会う気がないのは変わらないのです。
きっと祖母も同じ気持ちなのでしょう。

当事者同士はこんな感じで割り切っています。
でもそれで終わりじゃないのです。
周囲は、当事者以上にヒヤヒヤしているのです。

考えても見てください。
病弱の妻が見舞いに来てくれた孫に「何も言うことは無ェ」と言ったら、あなたはどうでしょうか?
いくらなんでも「ふざけるんじゃない」ぐらいの気持ちにはならないでしょうか。
いずれにせよ、少なくとも平然と構えてはいられないことでしょう。

そう考えると、自分の一挙手一投足次第で周囲に迷惑をかけるとも言えます。

きっと交通事故と一緒なのだ、と思うのです。

当事者は何事も無いと言ったところで、周囲の人間は当事者にヒヤヒヤさせられます。
とくに相手を負傷させてしまった場合などは、こちらも負傷したけれど相手にどう償おうかなんてところで頭がいっぱいいっぱいになってしまうのでしょう。
幸い、私はまだクルマで交通事故当事者になったことがないからわかりませんが、きっとそういうことなのだと思うのです。

自分が起こしたことに対して、そのツケを払うのは自分とは限りません。

子供だったら保護者がツケを払うのでしょうし、家族持ちなら配偶者かその子供が払うでしょう。
組織なら、その組織のトップがツケを払うものです。
つまり、だれかが自分の知らないところで尻拭いをしているのです。

自分のやりたい放題でやりっぱなしなんてことはしないようにしましょう。

見えないフォローをしてもらっていることに気づこう。

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