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#64 / 2001.08.31

匿名ごっこ

いきなりですが、言いたいことは一つだけです。
「匿名化したからといって、何をしてもいいわけではありません」

最近クルマのナンバーに、半透明のカバーをつけている人が増えています。
淡い緑やら青やら、なかには真っ黒なカバーもあります。
これらはすべてオービス対策です。
透明の樹脂に赤外線吸収剤が含まれています。
つまり、オービスの赤外線で感知されてもナンバーの文字が見えにくいのです。

これを受けて警視庁と公安委員会は、規則を一部改正し、カバー装着を禁じると報じました。
ナンバーを隠すことで暴走行為を助長させるのだから、取締りを強化しようということです。
もちろん暴走行為は喜ばしいことではありません。今回の取り締まりはまっとうだと考えます。

秘すれば花、とは云います。
風俗業のプロならば源氏名を使いこそすれ、プロ意識がないとできない職業です。
女性が、いつもとまったく違う仕草をしただけでも、惹かれます。いつもしないからいいのです。
それに正義のヒーローは、本名を名のった試しがありません。

隠すことも魅了のひとつです。
しかし、悪事のために自分の存在を隠すのは、非常に汚い。

いたずら電話や中傷メールは汚い。
匿名性を武器に己の愉快だけを求めた、そこにしか自己を見出せない女々しい人です。

ストーカーはもっと汚い。
つきまとうのが愛と信じ込んでいる、狂人です。
常に恨めしい恨めしいだけで、そんな自分に陶酔しているだけなのです。
つきまとわられている人間の気持ちをわかったつもりだったりするから、怖いです。

少年犯罪はもっともっと汚い。
殺人さえ、少年Aという偽りの名で報道されます。
姿さえ現さずして軽い刑罰。

未成年だと殺人も容認されるのですか。バカバカしい。

もちろん、加害者も本当は被害者だ、人権を、更正を、などという甘ったれたエセ人権者も汚いです。
被害を受けないところで高みの見物に終始している「よい子ちゃん」など、汚すぎます。

吐き気がするけれど、見ていて気がつきます。
どれもエネルギーの使い方がねじまがっているのです。
しかもやたら感情的です。

汚くなるのは簡単です。
ちょっと隠しただけで、汚くなってしまいます。
まず、人間誰しも汚い点はあります。
そこは認めなければいけないでしょう。
汚さを知らないと、きれいなことはわかりません。

だからといって本当に汚くならなければ、きれいなことが分からないというのでは、幼稚です。
考えれば善悪の判断はつくはずです。
少年だなんだと、いちいち手を差し伸べてやる必要性がまったく分かりません。

まずは汚さから抜け出してみましょう。

もう隠すのはやめよう。

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