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#629 / 2009.04.20

「見える化」の先

「見える化」とは、個人の経験やカン頼みで漠然としていた事柄を具体的な数字などであらわして問題を明らかにするようなことをいいます。
企業の現場では近年よく使われており、「見える化オタク」ともいうような人が「見える化」を推進していたりします。

しかし実際は問題もあって、「見える化」がはやり言葉として連呼されるだけで、見えても問題解決に活かされるわけではないケースが多々あります。
ひどいケースだと、単に知りたがりの組織リーダーが、はやり言葉に流されて無駄にメンバーの負荷ばかりかけるだけだったりします。
挙句、何のために見える化を推進するかもあいまいだから、見える化しても何にも活かされないで終わってしまうのです。

世間に流されてなんでもかんでも見たがるというのは、ただのスケベ根性でしかありません。

ここで唐突ですが、レクサス車のボンネット内部がどうなっているかあなたはご存知でしょうか?
通常の自動車はボンネットを開けるとエンジンやらバッテリーやらがどう配置されているのか一目瞭然なのですが、レクサスはボンネットを開けただけでは謎なのです。
レクサスの場合、樹脂のエンジンルームカバーによってほぼ完全に覆われています。
とはいえ、エンジンオイルなど日常的な点検で触れられるような箇所は穴が開いていて、触れられるようになっているのです。

必要な箇所以外はブラックボックス、すなわち中身が何かを意識しなくてもまったく問題ないようなつくりになっています。

言い換えれば、オーナーが見るべき箇所を明示してあるので、むしろスマートです。
これはカバーをして見える化に逆行しているわけでなく、ゴチャゴチャ見せて混乱を招かないようにするためにあえて見せないのです。
そうすることで、カバーで覆っていても問題ないのです。

なんでもかんでも見えればいい、というものではないのです。
要所は見えても、不要な箇所を見る必要はありません。
その切り分けもなしに何でも「見える化」したところで、得るものは少ないでしょう。

まず、脳みその中が「見える化」できていますか?

見るものの優先順位を考えよう。

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