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#601 / 2008.09.29

注意ができない

他人へ注意するということは、本当に難しいことです。

例えばよくあるのが、お店で走り回っている子供達。
子供の足が速いのか、大人がそ知らぬふりをしているのか。
誰も止めないものだから、子供達は好き放題です。

実を言えば、私もこういうのを見てなかなか注意できません。
口下手なせいもあってか何といえばいいかわからないし、そもそもその子らの保護者ではないのだからとスルーしていました。

先日とある書店にいったのですが、やはり駆け回っている子供がいました。
普段ならスルーするところでしたが、その日は珍しく「ダメといわなければいけない」と感じたのです。

すかさず私は走る子を制し、まばたきせず直視しながらこう諭しました。
「ここで走っちゃダメ!」と。

その子は感じ取ってくれたようで、走るのをやめてくれました。

時にはヒール(悪役)にならなければいけません。

最近常々思うのは、ヒールのいない社会はいつか破綻するということです。

学級崩壊やらモンスター某なんて言葉が流行っているように、手前勝手な社会になっていると強く感じます。
首相すらさっさと逃げ出すくらいなのですから、'00年代初頭でありながら世紀末なのかもしれません。

どうしてこうなったのでしょう。
思うに、ヒール役を引き受けてくれる人がいなくなったからではないでしょうか。
さらになぜかと考えれば、誰もが嫌われたくないからでしょうし、また苦言を呈する人に冷ややかになったからでしょう。

ヒールといえば、女性よりはむしろ成熟した男性が担うものではないかと思うのです。
おそらく多くの人もそう考えていて、でも最近の風潮から女性ばかりが元気で男性に活気がないと捉えられがちです。
多くのメディアがこぞって女性ばかりを持ち上げる女尊男卑の風潮なのですから、そういったメディアに賛同する人が増えるほど、ヒール不在社会に拍車がかかるのです。
仮にもしも「サザエさん」に波平さんがいなかったら、見るに絶えない一家だったかもしれません。

ヒールは必要悪です。

私はドライバーの立場ですから持ち上げるつもりはありませんが、警察の機動隊は一種のヒールです。
確かに公道では警察機動隊が取り締まっていて、速度超過やら一時停止違反を見つけるとキップを切りにきます。
疎ましい存在ですが、彼らがいなければ公道はもっと修羅場になっていたとも考えることができます。

もちろんもっとたくさんの機動隊がいればそれは不自由ですが、まったくいなければそれはそれで問題です。
わざと憎まれ役になってくれている人がいることで、うまいこと社会が保てているのです。

なにごともそうです。
嫌われたくなくて口を閉ざしたり、言葉を濁したりすることは簡単です。

そこで気づいて欲しいのです。
その子がそのまま育って、もしくはたくさんの人に伝わってしまったら、あなたはその時言えなかった一言を、5年後10年後に1,000回、もしくは10,000回も言わなければいけなくなったりするのです。

そんな未来になるくらいなら、嫌われることなんて問題ではありません。
嫌われ役になりたがる人がいない現代だからこそ、あなたがヒールにならないでどうするのですか?

嫌われることを恐れない。

追記(2008.09.29記)

叱りなれていないせいか、「言葉を出す勇気」を出すまでになかなかためらうもの。
それさえ振り絞れば、冷静に諭せることは誰にでも可能です。
少なくとも自分の経験から、それは断言できます。

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