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#595 / 2008.08.17

一人超時間差

どうして他人とあわせなければいけないのでしょう?

帰省シーズンになるといつも思うのです。
高速道路は大渋滞し、新幹線の乗車率は必ず100%を突破します。
移動だけで誰もが疲弊するのに、盆、暮れ、正月、それにGWと毎年飽きもせず渋滞が発生しています。

これはもったいないことです。
お金と時間をかけて、しかも疲れる。
帰省先で過ごす時間は一緒だとしても、これでは楽しさも半減してしまいます。

渋滞に巻き込まれる人の多くは、年にたった数回だから目をつぶるという人が大半でしょう。
毎年渋滞のニュースはなくならないことをみると、そう考えるのが妥当かもしれません。

時には慣習を見直してみることも必要ではないでしょうか?

何も考えずに毎度同じことを続けるのは、いいかえれば進歩しなくなったということです。
同じコストをかけて疲れをためて「いやぁ疲れちゃったよ」などと毎年ぼやくのは、バカバカしいことです。

なぜ、休暇を1週間なり2週間なりずらして取得するとか、帰省時は原則深夜移動だけにすることができないのでしょうか?

こういうと同伴する家族が困るなんて事を持ち出す人がいます。
本当にそうでしょうか?
私に言わせれば、日中動かない車内に家族を閉じ込めたりぎゅうぎゅう詰めの新幹線の車内で座れない目にあわせているほうが、余計家族を困らせています。

お盆休みを終戦記念日にあわせなければいけない法律はありませんし、夜に必ず寝なければいけない条例なんてありません。
他人と同じことを同じタイミングでやったところで、一生渋滞に対する不満から逃れることはできません。

つまり、他人と同じでいいと考えれば考えるほどお金も時間もかかるし、しかも家族がいればその人数倍かかるのです。
5人家族で1時間渋滞すれば実際の時間は1時間でも、5人全員の総残存時間から5時間失うのと同じことです。

移動だけではありません。
仕事や勉強、あるいは投資や掃除など、すべてのことがそうです。
他人と同じタイミングだからといってほっとしているようでは、人生の密度が薄くなってしまうでしょう。

他人と違うタイミングにこそ、重大な価値が眠っているものです。
その価値をみすみす見逃さないようにしたいものです。

圧倒的な時差で動こう。

追記(2008.08.17記)

5分とか10分とか、ちょっと時差をつけても意味ないです。
結局、大勢の波に飲み込まれてチンケな優劣争いに巻き込まれるでしょう?
「消耗戦」に巻き込まれるのは、まったく賢くないやり方だと思いますよ。

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