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#574 / 2008.04.01

エリーカ

エリーカ。
女性名のような響きですが、「Electric LIthium-Ion battery-CAr」の略でEliicaです。

その正体は、最高速度370km/hの8輪駆動電気自動車。 > 公式サイト
各車輪に約100馬力発生するモーターが組み込まれて、合計800馬力。
相当、パワフルな女の子です。

このエリーカは、清水浩・慶應義塾大学環境情報学部教授らが中心となって開発費5億円をかけ開発しました。
しかし製品化までには、さらに50〜100億円かかると見込まれています。

もちろん電気自動車は、大学の研究室だけでなく自動車メーカーも開発を進めています。
三菱・i MiEVや富士重工・G4eコンセプトが現在開発されています。
なおi MiEVは、早ければ2009年発売とも噂されています。

電気自動車はバッテリーを大量に搭載しなければならず、また交換サイクルも現時点では約2年であることからまだ時期尚早かもしれません。
しかし今でこそ道行くクルマには必ずエンジンが搭載されていますが、いずれエンジンは過去のものになっていくかもしれません。

時代に合わせて技術は変化するのです。
かつて石炭から石油に代わったように、いずれ石油から電気に移行するでしょう。
いやでも、それにあわせざるを得ない時が来ることは容易に想像できます。

さて以前、私は内燃機関を終わらせてほしくないと書いたことがあります。
しかし、石油枯渇や二酸化炭素による地球温暖化問題に直面している今、懐古賛美に浸るわけにもいきません。

時代に合わせて変化することは、悪いことではありません。
かの坂本龍馬には、こんな逸話があるといいます。

幕末当時、龍馬は長い日本刀を所持していました。
そして屋内でも戦えるようにと考え、短い刀に持ち替えたといいます。
その後、「刀の時代は終わった」と短銃を持ち歩くようになりました。
さらに最後には法律が重要になると考え、法律の書物を懐に入れて歩くようになったと言われています。

刀、短刀、短銃、書物。

普通であれば、武器である刀に愛着があったはずです。
しかし、そこに固執せず時代にあわせてその武器を変えていくさまは、斬新なものではなかったかと思うのです。

現代に生きる私達が真似ようとしても、なかなか真似できないでしょう。
武器はもたないにしても、昨日まで高級車に乗っていた人が今日から軽バンに乗り換えられるでしょうか?
よっぽどの決意が無いと、到底真似できません。

古い価値観に固執することは、時代に取り残されるリスクを多分に含んでいることを意味します。

38万km2の狭い国土に総延長124万kmもの道路網を築いていながら、財政も省みずなおも道路がほしいとわめいてみたり。
今の若い者はとか、飲みニケーションが足りないとか、嘆いてみたり。

平成になって20年も経ったというのに、いつまでもバブルや高度経済成長時代を引きずった意識でどうするのでしょう?
結局、意識を進化させなくなった人間として見られるだけで、マイナスでしかありません。

そもそも過去の経験に頼ること自体が、すでに時代に取り残されている証拠です。

「不易流行」という言葉があります。
不易とは永遠に変わらないもの、流行とは時代とともに変わるものの意味です。
これでちょうどバランスが取れるのです。

かたくなに固執することは、不易です。
しかし不易だけでは、バランスが取れません。
つまり、時代に合わせて意識も変えていかなければアンバランスである、ということです。

今握り締めている価値観は、未来永劫続くものとは限らないのです。

時代の空気を読もう。

追記(2008.04.01記)

飲みニケーションについて。
酒は人間関係を円滑にするものですが、飲みたいだけとか愚痴りたいだけの酒席ではほとんどメリットはないものです。
普段の結束力不足を補うためでもないし、ましてや酒席での訊問や説教はより人間関係を悪化させるだけです。

「そもそも酒がなければ本音が聞き出せないなんてのは、
 上司にそれだけの魅力やスキルがないからだよ。」

こんな苦言を言われてもニコニコ笑って受け止められないような小物さんでは、
どのみち時代の変化を乗り越えることは難しいと思いますよ。

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