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#571 / 2008.03.08

甘ったれチャリンカー

ネズミ捕りは真剣なくせにクレームに腰砕けとは、警察庁に対してはなはだしく幻滅を感じずにはいられません。

前カゴと荷台に幼児1人ずつ。
そんな自転車の3人乗り行為に罰金を科すと警察庁から発表が出た途端、親達が猛烈に反対しました。
すると警察庁は、3人乗りでも安定走行が出来る自転車開発を条件に容認する方向で検討すると一変してしまいました。
ドライバーには強気な警察様も、モンスターペアレントどもには頭が上がらないようです。

自分の権利ばかり主張してそれが通る風潮であることに、哀しさとモラル崩壊を感じずにはいられません。

転倒の危険性がはるかに高くなるにもかかわらず親達は、子育ての辛さを考えたら容認は当然だと言います。
しかし、大変であればなんでも容認させるなんて意義は、私にはまったく理解できません。

少し考えてみてください。
例えば、運転で生計を立てている人達がこういってきたらあなたはどう考えますか?
「世間は私達の忙しさを分かっていない。急がなければならないから速度規制は撤廃すべきだ!」

トラックや営業車が猛スピードで走ることを許可するのです。
とくに幼児のいる親なら、それは危険だから容認できないと声が上がるでしょう。

3人乗りと速度超過。
そういうと必ず、それとこれとは違うと目くじらを立てる人が現れます。
しかし自分達の好き勝手な要求を突きつけると言う意味では、まったく同じです。
一体、何が違うのか感情論いっさいなしで説明願いたいものです。

もう1つ問題があります。
邪魔で危険だという認識が親達に足りなさすぎるのです。

3人乗りでフラフラされると、クルマではねてしまうかもしれないし、逆にクルマにぶつけられるかもしれません。
ただでさえ0.5車線も占拠して追い越しにくいのに、当ててくださいとばかりに走っていたら当てられてもおかしくありません。
もちろん他の歩行者や二輪車にも、危険かつ邪魔でしかない存在です。

なにより乗せられる子供が一番かわいそうです。
ヘルメットもせずむき出しで乗せられるのですから、明らかに虐待としか思えません。
もし転倒したら、年端も行かない子供達が地上100cm程度のところから地面に叩き落とされるのです。

危険極まりない行動なのに自分のためならルールすらねじまげると言うのでは、呆れてものも言えません。
将来子供が大きくなったとき、ルール違反したらどう諭すのでしょうか。

「あーいいよいいよギャーギャー騒げば。きっと社会が折れてくれるから。」

3人乗り規制に脊髄反射する人達は、まずこんな考えしかないのでしょう。
とにかく権利だけは声高に要求するのです。
こんな自分勝手なことばかりがまかり通ってしまうものだから、モラルなんか下がって当たり前です。

自分の欲求だけの人間なんか正直、救えません。
3人乗りの権利を要求するのなら、せめて安全運転という義務を果たしてからです。
数万円しますがチャイルドトレーラー(別窓)を牽引させるなど、何らかのアクションは欲しいものです。

それすらも起こさない。
我が子や周囲を危険に晒しながら自分だけは容認しろなんて、親以前に人間としてダメでしょう?

無理が通れば道理引っ込む、とはよく言ったものです。
せめて無理を通せるだけの道理を通さないと、お話にすらなりません。

無理より道理を通そう。

追記(2008.03.08記)

いい加減、こんな「騒いだもの勝ち」な風潮はなくなってほしいね。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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