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#563 / 2008.01.21

次世代教えて君

結論から書くと、聞きっぱなしに終始しないということです。

例えばゲーム。
ゲームには説明書がついていますが、私は説明書を読まないでいきなりプレイします。
予備知識のないところからとりあえずさわってみて、わからなくなったら説明書を読みます。

幸い、説明書なしでプレイに支障の出たゲームにまだ触れたことがありません。

いきなりプレイする人は、おそらく私以外にもたくさんいると思うのです。
とはいえ説明書を読まないことに何かしらの優劣をつけたいわけではなく、トラブル時にどうするかという話です。

経験上、進行中にトラブルがあるといくつかのパターンに分かれるようです。

ある人は、書籍やネットで検索します。
ある人は、だれかれ構わず聞きまくります。
またある人は、「こんなつまづくような物を作るのが悪い!」とキレます。

キレる人は論外ですが、多くの人はヒントや解を教えてもらいながら解決に至ります。
でも、ここからまでなら誰でもできます。

せっかく教えてもらったのなら、それを次の人にも教えてあげるのです。

つまり、聞きっぱなしや調べっぱなしで終わらないことです。
自分が知りえたことを別の人に詳しく教えてあげることで、教えてもらった恩返しとするのです。
それが、めぐり巡って自分のためになります。

たとえばクルマについて調べなければならないことができたとします。
運転技法でも、クルマのスペックでもなんでもいいです。

本気で調べていくと、あることに気づきます。
目的とする回答を調べながら、同時に関連項目も少なからず調べているのです。

あなたが「低燃費」で調べていたとします。
すると、アクセル開度や低燃費タイア以外のことも視野に入ってきます。
ハイブリッドカーやらグリーン税制、果ては今話題の暫定税率といった関連キーワードも現れるのです。

こうなったらしめたもので、現れた関連キーワードも一緒に調べてみるのです。
そうしていくと、「低燃費」というキーワードからいろいろな物事を知ることができるでしょう。

しかし、そこで終わらせないで、他人へと伝えていくことです。
そのときあなたは、さらにいろいろ調べ、深く考えることでしょう。

そして調べたことをブログに綴ったり人に伝えていくことで、一緒に考えてくれる人が増えます。
ときには新しい考え方を提示してくれる人も現れるかもしれません。
何よりあなたが情報の発信者となることであなたの信用力がつくと、私は思います。

ただの教えて君との一番の違いは、まさにここです。

教えて君は、言ってみれば自分の信用を切り売りしているのです。
他人の言葉を咀嚼しないで受け流し、話し手の時間を奪っていることに鈍感になってしまう。
とにかく結論だけしか見てなくて、そこに至るまでのプロセスをすっとばしがちになる。

なかには、広い人脈でいろいろ教えてもらえるからいいという人もいます。
しかし、「仏の顔も3度」と言います。
いくら良くして貰えるとしても、自分が何も提供しないで教えてもらうだけなのは失礼でしかありません。

教えてもらうことは、あなたの信用を少しずつ切り売りしていることなのです。
だからこそあなたが教える側に回って、失った分以上の信用を回復させる必要があるのです。

直接的な解を知ることだけに気を奪われていませんか?
わからないところだけ対処療法的に聞いても、全体像がつかめますか?
いつまでも教えられっぱなしになっていませんか?

これを繰り返しているうちは、あなたの身につかず、結局また聞けばいいやとなってしまいます。
私は、あなたにそうなって欲しくはないのです。

教えてもらうことは誰でも通る最初の一歩です。
そこから深く考えることができて、やっと頭1つ飛びぬけられます。

さらに他人に教えられるところまでできるようにすることです。
そうすれば、たくさんの信用を得てハッピーになれると思います。

知のタスキリレーを繋ごう。

追記(2008.01.21記)

自分の知識を公開して、たくさんの人の参考になり、そして私もいろいろ教えてもらう。
そんな私は今、とてもハッピーです。

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