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#541 / 2007.11.03

ヘタレストーカー

「たいしたクルマじゃないくせに」

流れに乗っていて、しかも追越車線を譲っていても、ときおり後ろにへばりつくドライバーがいます。
こちらとスピード勝負したいのか、単に暇人なだけなのか。
まったく面識がないにもかかわらず、しばらくついて来たがる人がいます。

そんなストーカーをミラーで確認すると、冒頭の言葉をつぶやいたりします。
どんなに魅力的なクルマに乗っていても、後ろに張りつかれるのは気持ちのいいものではありません。

ところで、なぜ後ろに張り付くのでしょうか。
考えられる理由は2つ。
自車が遅い場合と、ストーカーが自車に変な興味をもってしまった場合に張り付くのだと思います。

自分が遅い時は速度を上げればいいだけです。
やっかいなのは、ストーカーの興味本位で張り付かれたときです。
たいていスポーツグレード仕様に乗っているときにスピード勝負目的で張り付いてくるのです。

スピード勝負するからには、相手も速い「いかにも」なクルマに乗っているのです。
そもそも愛車に乗っていれば、自分のクルマはいいクルマと考えるものです。
さらに言えば速いクルマに乗っている人は、間違いなく愛車にたいする思い入れはひとしおでしょう。

私とて速いクルマはいろいろ知っていますから、相手車種のスペックはほぼわかります。
車種を判別して格上の相手だけど運転技術でなんとかいけるかも、とよこしまに考えてしまうことはあります。

でも本来、こちらにはそんなことはどうでもいいことなのです。
私は普通に走るだけだし、あまりにしつこければ謀略的急減速をしかけるだけです。
結局、相手の期待をのらりくらりとかわしながら淡々と走るだけです。

私も人間ができていないので、相手にしてしまう時はままあります。
とはいっても、ドライバーを相手にするよりもその車種を相手にするという意識で相手をみます。
極論を言えば、相手の人格なんかみていません。

自分と他人では、まったく意識が違うものです。

大企業に勤めている人を考えてみるとわかります。
彼らは仕事上、たくさんの交流を持ち、時には巨額を動かして仕事をします。

しかしそれらは、彼らの所属する大企業の看板で仕事をさせてもらっているからに他なりません。
ところが多くの大企業勤務者は、それを自分の実力と錯覚してしまうのです。
企業の看板だと理解したつもりの人はいますが、その企業を辞めない限りは絶対に理解できません。

私は某大手電機の関連企業に勤めていたのですが、やはり看板と実力を勘違いしている人ばかりでした。
確かに大企業勤務という「巨大な傘」が、個人の実力を覆い隠してしまうのです。
それゆえ、出張先や電話対応などでは個人名でなく企業名で呼ばれます。

恐ろしいことに、「巨大な傘」を本気で自分の実力と錯覚してしまうのです。

ここで例えに出した大企業が、そのまんまあなたの高性能車に置き換えられます。
仮にGT-Rやランエボに乗っていればこそ相手も反応してくれるわけで、ドライバーがあなただからといって反応してくれるわけではありません。

つまり、あなたの付属物によって過大評価されているだけでしかないのです。

本当は当たり前のことなのです。
しかし自分が大企業勤務や、憧れを抱かれやすいクルマに乗っているときは要注意です。
ちやほやされるし過大評価されてしまうのです。

確かに悪い気はしませんが、勘のいい人は非常に困惑するでしょう。
なぜなら相手の本心は、そこまで評価していなかったりするからです。
まずそこに気付くかがその人の器に繋がっていくのかもしれません。

しかしあなたの付属物が取れた瞬間、それまでの落差は顕著になります。
とくに退職者が増えるここ数年は、元日の年賀状配達枚数が激減するかもしれません。
大企業の重役に年賀状は出しても、会社を去った人にまで必ず年賀状を出すとは限らないでしょう?

それは相手が冷たいのではなく、自分のメッキがはがれただけです。

あなたの実力で相手が反応してくれていると思ったら、大間違いです。
相手は、あなたの付属物でしか判断していないのかもしれません。

付属物じゃなく、素の自分からオーラを発することができていますか?

メッキ以上のオーラを放とう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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