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#537 / 2007.10.07

必要?.tv

その時間もったいないなぁと、つくづく思うのです。

平均乗車率215%(上野〜御徒町)を走るJR京浜東北線車内で、周りの乗客は何をしているのだろうと観察してみたことがあります。
本を読む人5〜6人、ケータイの画面を注視する人7〜8人、携帯ゲーム機に没頭する人2人。
さすがに新聞を読んでいる人はいませんでしたが、それ以外の人たちは、外を見るか寝ているかのどちらかでした。

これが非常にもったいないのです。

仮に通勤往復2時間、1日の活動時間18時間としてざっくり計算してみると、2/18=0.11。
つまり活動時間の11%は何もしていない時間ということです。

この計算でいくと、80年の人生のうち8年9ヶ月は無駄に老化するすることになります。
40年の通勤時間に置き換えてみても約4年5ヶ月、1,606日、時間にして38,544時間です。

38,544時間と聞いても実感がなくて、笑ってしまいそうです。
でも、その笑ってしまう時間だけ死に近づいている、ということです。
月あたりおよそ3.3日分、つまり60歳まで毎月3日ずつ何もしないと考えたら、やはり何か手を打ちたいものです。

貴重な時間なのだから読書や勉強にあてればいいのに、それでもなおモバイルや睡眠で時間を食いつぶしてしまう。
それも1つの生き方といえばそうなのですが、興じるだけで身につかない行動は、みずから時間を搾取するだけです。

そのわりには、自称忙しい人がいっぱいいます。
眼前の締め切りに追われても、時間をみずから搾取していることに気づいていないのですから。

さて、こうした時間搾取は気づかないうちにされていることもあるし、してしまっていることもあります。
することもされることもないのがベストでしょうが、他人が存在する限り今後もゼロでないことは確かです。
それでもできることならば、時間の消耗戦はさけたいものです。

相手を変えることは困難ですが、自分を変えることは誰にでもできます。
そこで自分ひとりから始められる時間搾取対抗策を考えてみたのです。
前述の京浜東北線は、そのための観察でした。

観察していて、ふと気づいたのです。
実は通勤時間以上に、時間搾取があったのです。

それは、テレビ試聴時間でした。

ある乗客がワンセグでテレビを見ていて、そこからずっと視線を離さないのです。
確かに通勤者は20〜60代が主ですが、テレビなら老若男女問わず見ることができます。
実は、テレビのほうが生涯で時間を搾取されているのではないかと考えたのです。

そこで具体的に調べてみました。

総務省情報通信統計データベースによると、平成18年度の平均視聴時間量は平日3時間47分、日曜4時間43分でした。
1日4時間近くをテレビ試聴に費やしている、ということになります。

単純に通勤時間の倍と考えれば、活動時間の22%はテレビがついているわけです。
こう考えると80年のうち活動時間に相当する60年のさらに22%、実に13.2年分をテレビとともに過ごすことになります。

とはいえテレビを見ながら並行して、別の何かをしているケースが大半だとも思います。
例えばカーテレビは、移動時間とテレビ視聴時間を並行させたケースです。
もしくはBGM代わりにテレビを漫然とつけているという人も多いでしょう。

移動時間を移動時間のみで終わらせないという観点では確かに効率的ですが、随分と時間搾取を甘受した効率化です。
第一そこまでして見たいコンテンツが、今のテレビ業界にありますか?

あなたの意識していない時間搾取に気づくことです。

先頭を走る車両がやたら遅いといったような他者に影響される時間搾取もありますが、あなた自身が敵である場合もあるのです。
けしてテレビのような、主にあなたの視覚を楽しませるものが悪いのではありません。
その誘惑に甘んじるあなたこそが、最大の時間搾取人なのです。

思い切ってテレビを断ってみるのです。

ニュースは、新聞やネットで読むことができます。
バラエティやドラマは、別に見なくても死にはしません。
そう考えるとテレビにへばりつかなければいけない必要なんて、まったくないのです。

断つことで、本当に注力しなければいけない時間が取捨選択できるようになります。
なにげなく見る習慣でなにげなく時間搾取されてしまうより、自分から能動的に時間を作っていく習慣をつけることが大事なのではないかと思うのです。

自分時間を搾取されないために、あえて少数派を選択していくことも大事なのです。

マイナーを狙おう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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