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#528 / 2007.08.12

ミニ回帰

自家用車が三種の神器などと謳われたのは、1960年代半ばのこと。
それから約40年間。
業界とメディアは、ある1つの思想を多くのドライバーに刷り込んでいきました。

それは、車格がステータスに繋がるという思想です。

確かに、中古の軽と新車のBMWだったら走行性能も乗り心地もすべてが別次元には違いないでしょう。
かといって、持ち主のステータスをあらわすものではありません。

例えばせっかくの高級車でもVIP仕様カスタムで嬉々としていたりすると、その人からステータス性は感じません。
なぜなら、単なるファッションということが痛いほど見え見えだからです。

では、無改造の高級車ならばどうでしょうか。
きっと羨望のまなざしではなく、むしろ妬みの目で見られてしまうでしょう。

「私のステータスをみてくれ」という人は、まず自分だけが可愛い人である場合が多いのです。
「類友」ではありませんが、往々にして自分と同じ程度の人間しか自分に寄ってこないものです。
自分だけを可愛いと思う人が、他人の成功を喜ぶわけがありません。
そんな人達ばかり集まっても、妬まれるのがオチです。

そもそも、肩書きや持ち物でしか自慢できないなんてさみしいことです。

どんなに魅力的なクルマでも、公道に放りこまればみんな一緒です。
渋滞では一様に嵌まるし、有形物だからいつかは壊れるのです。
天災も同じです。
あなたのクルマは高級車だからこの災害は起こしません、なんてばかげた天災はないのです。

それに、クルマで見栄は張れません。

ナビやCVTといった装備が軽自動車ですら搭載されるようになりました。
また、生活費に困窮する若いドライバー達も冗談じゃなく本当に増えてきました。
そして高度成長期もバブル時代も未経験な私のような若年層は、「ものに執着すると限界が来る」ことを知っています。

クルマで見栄を張るということは浪費することですから、それを続けることはできません。
だから結果として、クルマで見栄は張れないのです。

今まで巧みに高級車に憧れを抱かされてきた手法は、これからは通用しません。
あなたは、自尊心をうまくくすぐられて余計に納税して国を喜ばせたいですか?

概して燃料消費も少なく、アスファルトにかかる重量負荷も少ない。
いまどき、クルマでステータスうんぬんと言うのも陳腐な話です。
小型車で何の問題がありますか?

ナリの大小以外のメリットを見出そう。

追記(2007.08.12記)

ステータス競争の果てに得たものが物欲に対する自己満足だとしたら、人間として胸を張れるのかい?

あらゆるところで使途不明な税金の使われ方をするのなら、 余計な税金を払わないクルマに乗り換えて自己投資にでも使ったほうがマシです。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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