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#527 / 2007.08.05

監視社会

どこにいても公衆の目がある世の中になりました。

先日、執拗に煽られ当て逃げされた動画が公開され波紋を呼びました。
ことの経緯はこういったものです。

2006年、当て逃げ事件発生。被害車両の車載カメラに一部始終が記録される。
当初、被害者は車載カメラの映像を添えて近隣の警察署に出向いたものの熱心に捜査してもらえなかった。
そして被害者は事故から数ヵ月後、当て逃げ動画を公開する。
加害車両のナンバーまで惜しげなく公開され、大手掲示板サイト2chでも話題騒然となった。
すると加害車両持ち主の実名や勤務先会社名が公開され、同時に動画サイトにも転載される。
加害車両持ち主は即日解雇されるも、民法キー局がニュースで取り上げたことでさらに注目を浴びる形になった。

警察は本当に何もしないということだけでなくかなりの確率で私達は監視されていることを、この事件は示しています。

確かに、誰もが動画として記録し公開できる時代です。
キリスト教の黒看板に「神はいつでもあなたを見ている」というものがあります。
私はただの精神論でしかないと考えていたのですが、現実の言葉だったのです。
しかも見ているのが神でなく、ごくごく普通の人間であるというのも怖い話です。

NシステムといいGPS付き携帯電話といい、考えてみれば我々の動向を押さえているものばかりです。
しかも押さえておきながら、警察や企業が安易に情報流出させたりしてしまっています。

プライバシーなんて、もうないのです。

ご近所づきあいが多くて隣三軒までの家族構成まで知っているような時代ならともかく、そういった繋がりもないから各自がプライバシーを自衛せざるを得ないのです。
悲観的に捉えれば、常に見られているということです。

しかし、やましいことをしていなければ怯える必要はないとも思うのです。

前述の当て逃げ事件のように実名や勤務先まで晒されるだけをみれば同情したくもなります。
とはいえ加害車両の持ち主である以上、責任はあるのです。
仮に他人に貸したものだとしても、迂闊に貸したツケを知る勉強だと割り切ってもらうしかありません。

住所や電話番号といった個人情報をおおっぴらにするということでなく、 追及されるような種は蒔かないように、普段から気をつけて生きる。
たったそれだけのことでしかないと思うのです。

要は、汚い生き方をしなければ苦労しないだけのことです。

清廉潔白をめざそう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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