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#525 / 2007.07.27

ならぬことはならぬ

時には、貫く強さも必要です。

福島県西部の会津地方には「什の掟(じゅうのおきて)」が言い伝えられています。

什の掟
一 年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二 年長者にはお辞儀をしなけれはばなりませぬ
三 虚言を言うことはなりませぬ
四 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五 弱い者をいぢめてはなりませぬ
六 戸外で物を食べてはなりませぬ
七 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです。

什とは、町内の区域を辺という単位に分けたさらにその中の会津藩士子弟のグループをいいます。
ひらたく言えば、住まいも身分も近しい子供達を集めた小グループのことです。
彼らは6歳から9歳ごろまでこの「什の掟」を教え込まれて、会津藩士へ成長していったといいます。

私も福島県出身ですので、この「什の掟」は見聞きしたことがあります。
またJR会津若松駅前に行けば、「ならぬものはなりませぬ」と書かれた文字盤が掲げられています。

一方、現代に目を向けてみましょう。
政治家自身が嘘をつき、年金名目で搾取したり、少ない収入からさらにピンはねしたり。
そのかたわらで自己破産者が年間約25万人とも言われています。

本当に一部の悪人が他人を食い物にして生きています。
そんな現実から一は、若者が貧困でも私利私欲に突っ走る年長者が増えた現代において必ずしも当たっていません。

さすがに七は時代錯誤であるとしても、一が正しいとは思えません。
とはいえ、それ以外は現代の教育論でも充分に通用する教えです。

しばしば教育論にも引用されるこの「什の掟」。
本来、子供達にむけた掟ですが、今、この掟が必要なのはステアを握る大人達です。

ステアを握るということは、資源を使わせてもらうことであり、安全にクルマを操ることです。
また、人に不快を与えないことを知るということでもあります。

煙草や灰を道端に捨てたり、チャイルドシートなしで子供を乗せたりする大人が、どうして子供達に手本を示せますか?
免許を取ったばかりの子供達が同乗者を道連れにした自損事故で、大人達は事前に何を指導していたのですか?

教育界で問題に挙げられている、ネットいじめや学級崩壊もそうかもしれません。
実行者は子供達であっても、大人達の無責任が生み出したとみれば、大人達も同罪なのです。

もはやモラルもクソもない「なんでもあり」な社会が、自称「先進国」日本の今の現実です。

しかし、これはチャンスです。
自分勝手の年長者達が生み出した腐った価値観を一掃し、これからの時代の新しいモラルを模索できるからです。

本物の良識ある大人とはこういう存在だ、ということを子供達へ教えつないでいくのです。
そして子供達は、大人をまねて自分の意思で行動を起こすのです。
それを次世代、そのまた次世代へと受け継いでいくようにすることが、今できる最善の策です。

きれいな教育論をたれたり現状を嘆く前に、大人自身も再教育を受ける心構えがなければ、白々しいだけです。

この腐った時代に不満を言い、立て直そうともしないまま死んでいく人生でいいのですか?

私は、違うと思います。
この腐った時代こそ、あなたが新しい時代を切り拓くための素晴らしき舞台なのです。

他人よりもまず、自分から戒めよう。

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