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#522 / 2007.07.11

仮想ひとりぼっち

もしも、あなたがひとりぼっちなら。

あなたはすべての道を思いのままに走るでしょう。
規制もオービスも関係なく、めいっぱいアクセルを踏み込んで。

スピード違反なんか気にしない。
だって、誰も取り締らないのだから。

路駐だって思いのまま。
だって、誰も通らないのだから。

道路を横切る歩行者なんか気にしない。
だって、誰もいないのだから。

極端な話、自損事故さえ起こさなければよいのです。
こんなに走りやすい状況があるでしょうか。

もしも、あなたがひとりぼっちなら。
なんとなく、自由を謳歌できるような錯覚を受けます。

そのかわり、強烈な孤独感にさいなまされるでしょう。

あなたと同じ言語を発する人はいない。
愛車をメンテしてくれる人もいない。
街中に乱立する文字だらけの標識は、あなたが亡くなれば誰も読まない看板と化すでしょう。

そうなるとたいていの人は、自分の置かれた状況を呪っては一人グチるのです。


グチる人というのは結局、何に対しても不平不満しかこぼしません。

渋滞に巻き込まれて、悪態をつく人がいます。
では仮に、渋滞が起こりえない状況になったらどうなるのでしょう。
おそらくは前述のように、別の不満を見つけてグチグチ言うだけです。

なぜならグチる人は、災いはすべて他人が引き起こしたものとしか解釈しないからです。

混雑する時間にわざわざ飛び込んでおきながら、遅いクルマや車線の少なさに悪態をついているのです。
あくまでも他人のせいで渋滞に巻き込まれた、という認識です。
けして自分の責任だとは考えてもいません。

そうやって常に転嫁を続けては、はた迷惑な不満を爆発させているのです。

今までの経験上、こういう人で幸せな人には一度も会ったことがありません。
なぜなら、人が離れていくからです。

かつて私が仕事で遠方に行く際、同行していたうちの一人がこういう方でした。

前方の遅い軽自動車を煽っては、「速く行け!バカヤロー!」
工事で車線規制があれば、「なんで工事なんかしてんだよ!この!!」
渋滞でたくさんの車とともに動けなくなると、「なんでコイツらバカばっかなんだ!!!」

とにかく自分の思い通りに行かないことを、さも被害者ヅラで悪態づくのです。
それでいて本人は自分のことを人格者だと信じていたりするから、あきれるほかありません。

何気なく発する言葉の端々で、本性をさらけ出してしまうのです。
グチる人は、「この人は都合が悪くなると周囲に責任転嫁する」ことを暗に知らしめてしまうのです。
だから人が離れていき、幸せから遠ざかるのです。

グチは、同情ではなく顰蹙(ひんしゅく)しか買いません。
グチは、あなたを貶める悪いイメージしかもたらしません。
グチは、周囲の人間がどん引きするだけです。

非生産的なグチを発したところで、誰も幸せにはなれないのです。

置かれた状況を呑み込もう。

追記(2007.07.11記)

グチっている人がいたら、放置するのが吉。
一緒に便乗すると「グチ仲間」だと思われて、余計に干渉されます。

冷たいようだけど、グチがすべての人を不快にさせるものだと気づかせてあげるのも1つの愛情です。
(私はその方にそこまでの愛情を注ごうと思わなかったので、放置してしまいました。そういう防衛策もあるということです。)

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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