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#520 / 2007.07.01

小物ドライバー

小物になっていませんか?

世の中には小物に仕向ける罠ばかりがはびこって、正直うんざりです。

中身が伴っていないのに見栄だけは一丁前でやたら兄貴風や姐貴風をふかせてみたり、 「成功」とか「勝つ」とかそんな勇ましいお言葉を是としてみたり。
どうも世の中、無理して自分をよく見せたがる傾向にあるようです。

財力にみあっていないのに無理して高級車を乗り回したり、 かと思えば、勝てるメイク術だの仕事術だの、なかなか皆さん頑張っていらっしゃいます。

頑張ることで自分に自信をつける。
これはちっとも悪いことだとは思いません。

それよりも、比較相手がいつも他人であることに私は疑問を抱いています。
もっと言えば、比較することでしか自分の存在価値を見出せない人達なのかと思うのです。

比較することで勝ちや負けを意識しているのですが、この基準がよく分かりません。
こういう人達ほど実際に力比べで勝負しているわけではないし、誰かがジャッジをくだすわけでもないのです。
それでも勝ち負けを意識しているのは本人の脳内だけであって、本人だけがご満足の自慰行為と同じなのです。

チンケな勝ち組意識を持っていると、本当の「勝ち」が見えない小物になるでしょう。

例えば、A、B、Cの3人がいるとします。
Aさんは1,000ccのヴィッツ、Bさんは3,000ccのクラウン、そしてCさんは5,000ccのレクサスLSに乗っています。

こう書いただけで、小物な人は A < B < C という序列を付けたがります。
たしかに搭載エンジンの排気量、そして車格でも A < B < C です。

私は、この場合の「勝ち」はトヨタだと考えます。

なぜなら3人の感情などお構いなしに、3人から確実に利益を上げているからです。
そのうえユーザーが勝手に階層社会を作り上げてくれることで、将来の高級車需要が増えるのです。
そうして、全世界のトヨタユーザーから営業利益2兆円をあげることができるわけです。

大衆車 < 高級車。
うがった見方をすれば、この価値観で笑うのはCさんでなくトヨタです。

本当の勝ちがみえないとは、こういうことです。

比較しあって勝ちとか負けとか言っているうちは、胴元に上がりを持っていかれるだけの小物でしかないのです。
あなたのちっぽけな自慢は、きっとそのときだけしか快楽をもたらしません。

本当に比較しなければいけないのは、他人ではなく将来のあなたです。
5年後、10年後、あるいは30年後のあなたが今より楽か苦しいかは、今のあなたにかかっています。
いつだって行動は、「今」しか起こせないのです。

そこに気付かないと、いつまでたっても胴元の思うままです。
高速道路、生命保険、年金問題。
これらはそうではありませんか?
償還期間が終わってもタダにならなくて、死亡保障は65歳までしかなくて、おまけに職員の賞与返還でチャラにしようと企てていたりします。
胴元のひろげた大きな舞台のうえで、あなたは矛先を向けずただ弄ばれていませんか?

一度、舞台を観察してみましょう。

対価以上の価値を提供するサービスがある中で、 対価以下の価値すらも提供できていないものもあふれかえっています。

胴元を喜ばせるためだけに、あなたは間違った相手と比較していませんか?
見るべきは「隣の芝生」ではないはずです。

相手より前提を疑おう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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