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#512 / 2007.05.06

速くては見えないもの

高速走行すると周辺視野はほとんど見えなくなります。
もっと正確に言うと、見えていても意識が向かなくなります。

目的地へ速く着こうとすればするほど、周りを見ようとしなくなります。
急いでいる時、思い入れのない沿線の街は気にしないものです。
それと同じです。

速さだけを追求すると、周りに気を配りにくくなるものです。

速く着きたいがために車間を詰めてガンガン煽ってくるクルマがいますが、 自分の欲求のためだけに周りの気配りをおこたって恥を晒してしまうのです。
この場合、煽られる側が流れに乗れているかも問題ですが、 そうでない場合、煽るドライバーはどこに行っても煽って恥を晒しています。

けして、速さをガツガツ求めるのが悪いと言っているわけではありません。
速さを求めた分だけ、気配りも求めて欲しいのです。

きちんとウィンカーをあげて車線変更するとか、 渋滞に差し掛かったらハザードを点滅させるとか、そういう基本的なことでいいのです。

なんというか、ひとつひとつの動作に奥ゆかしさを込めて欲しいな、と思うのです。
同じ道を同じ時間帯に通る人間として、不躾(ぶしつけ)にならない運転をするのが大事ではないでしょうか。

パパッとサインを出せばいいという意識で車線変更したり、 いきなり割り込んでサンキューハザードをしたりする人がいます。

よくサインを挙げたからいいと自己解釈されがちですが
相手に伝わらないサインはサインの役目すら果たしておらず、身勝手でしかありません。

公道には、今の時代がそのまま反映されています。

自己利益が最優先で、出すべきサインや行動が形骸化しているのです。
マナーもモラルも置き忘れてしまったクルマ達が、全国各地を暴走している時代です。

マナーなき運転に、未来はありません。
自分が今、この道を走らさせていただいているという意識で、 もう一度、あなたの運転を見つめなおして欲しいのです。

謙虚に走ろう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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