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#499 / 2007.02.05

幸せへと続く道

幸せは、実は近くにあります。

たいていの人は、つらく険しい道程を経なければ幸せにたどり着けないと思い込んでいます。
なかには「自分はこんなに苦労した、だから自分は報われた」という人がいます。

かけた苦労に見あっただけの幸せを得る。
確かに、これも1つの真実かもしれません。

しかし、私はそう思いません。

こういう「苦労に報いる型」の幸せを信じている人が、実は一番幸せから遠い人です。
その理由は2つ。

  1. 自分の幸せしか考えていない
  2. 幸せに対して受動的である

自分本位の幸せばかりを考えている人が多いのです。
そして自分は幸福だとか不幸だとか、そんな小さいことばかりを考えています。

器の小さい人間が真っ先に幸せになるなんてことは、どう考えてもありえません。

幸せを自己完結したがる人に、本当の幸せは訪れません。
目先の幸せばかりに目がくらんでいるから、最短経路ばかりをたどろうとするのです。

幸せからほど遠い人ほど、真上からしか見ていないのです。

舗装状況、道幅、勾配などをまったく見ず、ただ距離だけしか見ていません。
だからみんな揃って同じ道に入っては、苦労するのです。
そんな苦労を紛らわすために「いつか苦労は報われる」などと信じているにすぎません。

上から評論家よろしく俯瞰しているうちは、幸せにはなりません。

自分のためより、他人のために動くこと。

幸せに最短距離で到達する人ほど、一見、幸せに遠回りするようなルートで近づいていくのです。

合流で相手のクルマが入れるような余裕を作ってあげること。
右左折時に、自転車や歩行者のために一旦、待ってあげること。
きちんとウインカーやハザードで、他人のために前もってサインを出してあげること。

こんなに簡単なことなのに、どうでもいいプライドからできない人のなんと多いことでしょうか。

自分の損得ばかりが先行するから、思い通りに行かずいつも何かにいらついてしまう。
それでは、幸せだって近づいてきません。

他人のメリットを優先する人になることです。

これは一見遠回りだし、何も自分にメリットがあるようには思えません。
だから誰もやらないし、誰も通らないでしょう。
もしやったとしても、はじめはひどく孤独だと錯覚するでしょう。

道に例えれば、まさに閑散です。
しかし実は、それこそが本当の幸せへと続く道なのです。

かりそめの幸せと、本当の幸せ。
あなたは、どちらの道を歩みますか?

他人の幸福のためにみずから動こう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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