#491 / 2006.12.10

裏もったいない

もったいない。
この言葉から、ある人は「消費削減(リデュース)」を知る。

もったいない。
この言葉から、ある人は「再使用(リユース)」を思い浮かべる。

もったいない。
この言葉から、ある人は「再生利用(リサイクル)」を考える。

もったいない。
この言葉から、ある人は「修理(リペア)」を実行する。


環境のことを考えて、これらを実行しているあなた。
地球にも環境にもやさしいことをしているのだと、とても安らいだ気持ちになる。
もっともっと「もったいない」精神を発揮しようと思うかもしれない。

それは、もったいない。

世間でよく言われるところの「もったいない」とは、一面しか語られていない。
なぜかきまって、物質的なモノをやりくりすることのみなんだ。

大半のエコロジストは見える資源の消費には神経質だけど、見えない資産には無頓着なんだ。
それが非常にもったいない。

例えば石油危機の今、クルマの使用をやめたとする。

かわりに自転車で行動しましょうとなったとき、移動時間に4倍も5倍もかかったりする。
そうすると石油消費は0でも、時間的には大幅にマイナスだ。
競輪選手でもない限り、あなたの疲労度だってバカにならない。

失った時間で何ができたのだろう?
人に会うことだってできるし、勉強だってできただろう。
もしかしたら、別の何かでひと儲けできたかもしれないのだ。

大事な資源をうまくあなたの資産に換えることができなかったら、 それこそ、もったいないことだ。

スローライフだって?
違うでしょ、何もしていなかっただけでしょ。

人間の寿命は、およそ80年。
さらに人生の3分の1は布団の中だというから、実質56年。
長いようだけど、有限であることには変わりない。

誰だって今すぐにでも、資産はつくれる。
でも、できれば早いほうがいい。
そのために資源を使えるかどうかなんだ。

もちろんやみくもに資源を浪費するのはいただけない。
でも、消費する資源にみあうだけの資産を求めるなら、おおいに遣うべきだ。
「もったいない」の呪縛で行動を抑制するほうが、もっと「もったいない」よ。

使う資源と得る資産で天秤にかけてみること。
「もったいない」を発するのは、それからじゃないかな。

かけるものと得るもののバランスを考えよう。

追記(2006.12.10記)
誤解のないよう言っとくけど、 「浪費礼賛」ではなくて「視野狭窄」に警告を発しているんだからね。

確かに、いちドライバーとして石油枯渇後のことも考えなければならないけど、 レシプロエンジンにかわる決め手に欠ける今、石油に頼るのは致し方ないところかな。