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#474 / 2006.08.20

何もしないという選択

勤勉とか、切磋琢磨とか。

アリさんのようにあくせく働いて。
休みは休みで、家族サービスしたり地域行事に顔を出したり。
そうかと思えば、趣味や資格の勉強にあてこんでみたり。

毎日なにかしらやっていて、そんな自分に満足してみたり。

それでいいと思うのです。
勤勉は美徳なりという言葉に意義を唱えるつもりはないし、むしろ誇らしいことと思います。

ついでに言えば私は、人生いろんなことやってみましょうよ、という考えです。
無理やり時間を作ってでも、いろいろ思いついたことをやってしまいたい性格です。
だから、過去のコラムは「してみよう。」で締めくくられているものがほとんどです。

でも思い切って、なんにもしない、というのもありだなと思うのです。

なんでもかんでも、ただあくせく動けばいいというものでもないはずです。
もちろん時と場合にもよりますが、うまく手を抜ける場合も多々あるのです。
あえて何もしないことでいろいろうまくやり過ごせるのなら、それに越したことはありません。

クルマだってそうでしょう。
加減速するとき、アクセルとブレーキだけがその手段ではないのと一緒です。
アクセルオフでうまく前輪に荷重をかけることで、クルマはもっとスムーズに走れるのです。
もしアクセルとブレーキだけなら、無駄に前後のGがかかり、とても乗れたものではありません。

うまく力をぬくために、あえて何もしないのです。

しかし何もしないというと、もったいないと感じる人もいます。
せっかく空いた時間なのに、何かしないと気がすまないと言う人です。

そういう人は工場と同じです。
どれだけ稼働率をあげればいいかという「稼働率思考」に陥っています。
でも稼働率だけしか見ていなくて、生産性や利益率はまったく見ていないのです。

だから、こんなに頑張っているのに実入りが少ないと嘆くのです。
機械なら稼働率で計算してもいいですが、生身の人間が不眠不休で働き続けることはできません。
もし効率よく働けたとしても、さらに効率化を図るなんて息巻いて永遠に止まらないでしょう。

つまるところ、人は、稼働率では幸せになれません。

アクセルとブレーキの、どちらのペダルを踏むかという発想からして間違っているのです。
どちらのペダルを踏むか、だけではなくて、どちらも踏まないという選択肢もあるのです。

私も他人事ではありません。
何もしないという選択も、ときには必要なのではないですか?

何もしない日を作ってみよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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