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#468 / 2006.07.15

エアコンオフ

暑いときや寒いときのために、エアコンがあります。

日本には四季があり、ほとんどの地域で夏は暑く、また冬は寒くなります。
寒暖がはっきりしている国だからこそ、エアコンの有効活用でカーライフが快適になります。

ところがそんなことを書いておきながら、私自身は積極的にエアコンを活用していません。
人を乗せたりウィンドウが曇ったりしたとき以外は、滅多にエアコンを使わないのです。
あまりに使わないので、エアコンガスが抜けていたことに半年以上気づかなかったくらいです。

なぜだろうと思い返してみると、次の3つの理由からそうしているのです。

  • 自分だけ快適な思いをしてまで、排熱を撒き散らしたくないから。
  • 石油枯渇が叫ばれているのに、あえて燃料を浪費しなくてもいいやと考えているから。
  • そもそも窓を開けるか外気導入でなんとかなる、としか思っていないから。

きれいごとばかり並んでいますが、私の根底に「クルマは家じゃない」という思いがあるのです。
私は、クルマの車内も社会の一部だと思うのです。

大音量でガンガン音楽を鳴らして「オレのクルマだから」
ダッシュボードを不要な飾りで占拠して「アタシのクルマだから」
リアシートで子供を遊ばせておいて「ウチのクルマだから」

大音量以外は、ウチの問題だからほっとけと言われます。
でも考えてみてください。

視界を大きくさえぎる飾りや暴れる子供達を、信号待ちで無理やり見せつけられるのです。
別にのぞきこみたくないのに、見てるほうはハラハラです。
それで不用意に事故られて巻き添えでもくらったら、たまったものではありません。

いざというときに周囲に大迷惑を与えませんか?、という話です。

わずかでも迷惑を与えていることになぜ鈍感なんでしょう。
それはおそらく、クルマの車内が社会の一部に繋がっていることに気づいていないからです。

私もそうですが、外と隔絶された空間だと思うと、人は傲慢になります。

エアコンをつけるために窓を閉めきって、エアコンの快適さに依存してしまう。
暑ければエアコン、寒くてもエアコン。
徐々にエアコンのついている状態がデフォルトになっていきます。

そして閉めきることに違和感がなくなっていくのです。
ちょっとした心理ですが、こうして外と隔絶された空間が生み出されていくのだと思うのです。

短時間でもいいです。
自分の中にある、外との隔絶された空間を生み出さないことです。
そのために、エアコンをオフにして少しでも窓をあけてみることは、いい運転法なのかもしれません。

外の空気と雰囲気を取り入れよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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