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#466 / 2006.07.02

修繕生活

修繕することは、人生の大きなテーマのひとつです。

使い捨て、使いきり。
直すより買い替え。

変化の速い時代だからこそ、用途や容量を割り切ったものがあふれています。
試供品サイズで、店頭で普通に販売されているものがいっぱいあります。

考えてみれば、いろいろなものが短期間に消費される時代です。
そんな時代では、「たくさんのちょっとずつ」という使い方は、とても理に適っています。
逆に言えば、使われない機能てんこ盛りのオールインワン製品は、どんどん廃れていくでしょう。

そんな時代ですが、だからこそ、修繕することが大事になっていきます。

「たくさんのちょっとずつ」と書きましたが、なんでも使い捨てようと言いたいわけではありません。
むしろ、直せるものはすぐに修繕しよう、と言いたいのです。

よく、へこんだままのボディで走っているクルマがいます。
確かに走行には差し障りありません。
でも、その分だけものを大事にする心を失っています。

へこんだクルマの持ち主は、一見割り切っているようですが本音はこう思っているはずです。
「どうせ」

そして「どうせ」の後には、必ず言い訳をつなげます。
どうせ、ボロいし。
どうせまた、へこますし。

その「どうせ」が、あなたをつまらない人間にしていることに気がつきませんか?

クルマは、「どうせ」なんて思いながら卑屈に走るものではありません。
卑屈に走るくらいなら、チャリンコで充分です。

部屋の蛍光灯を思い出してみてください。
きれいについているときは問題ありません。
しかし使い込んでいくと、蛍光灯の中が黒ずんできてチカチカしはじめます。

たしかに明かりは照らしてくれますが、同時にチカチカが不快でもあります。
そこを意地をはってがまんしていると、もっと不快だし、視力にも悪影響を及ぼします。
だからこそ、交換という形でとっとと修繕するのです。

直さなきゃいけないものに、言い訳は不要です。
よく、ギリギリまで使えるだの、あとで直すからなんて言い訳をする人がいます。

タイアだったら、ギリギリまで使うと溝が無くなって交通事故の危険が高まります。
あとで直すなんてのも、結局は今やりたくないだけの方便でしかありません。

一見、後回しがなんだか思慮深いかのような幻想は要りません。
そもそも使えなくなってきたものをそのままにしておくような人が、思慮深いわけはありません。

どうせ直すのなら、今すぐ直してしまいましょう。

修繕を生活に組み込もう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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