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#463 / 2006.06.11

選眼術

どれを選んでも同じなんてのは過去の話です。
しっかり選ばなければ何をつかまされるかわからない。
悲しいかな、今はそんな時代です。

クルマも同じです。
いくら新型車だろうと、実際、試乗しないとそのクルマの良し悪しはわかりません。
もし試乗できないまでも、展示車両に触れてみることはしたほうがいいです。
シートに座ってみたりドアの開き勝手はどうかなど、調べればいくらでもできます。

先日、メルセデスベンツ・Bクラスに乗せていただく機会がありました。
全高1,605mmもある背高クルマなので居住性を重視したものかと思っていました。
しかし、駆動系統が車内下部に納められているために、車内高はセダン並でしかないのです。
実際乗ってみると、足元は狭く、ブレーキペダルの踏みにくいクルマでした。

見た目とは裏腹の窮屈なクルマで、これで300万円以上とはひどい商売です。
しかし評論家に語らせれば、「衝突してもエンジンが車内に侵入せず素晴らしい」とあいなるでしょう。

評論家の意見は、所詮、参考程度でしかありません。

有名とか知名度なんてもので自分の意思がぶれてしまうのは、おそろしくバカバカしいことです。
有名ブランドだからと信じて悲しい思いをした人は、おそらくごまんといるのです。

知名度が高いから安心で安全だ、なんていうのは、もはや根拠がありません。
かつての雪印、三菱自/ふそう、今でいうシンドラーエレベータを見れば、まったく明らかです。

一番、信じられるものは、自分が触れて使ってみたときの感覚です。

いろいろなものに触れて、自分の眼力をつけていくことです。
本やネットの提灯記事を鵜呑みにすることは、本当の価値が分かっていない証拠です。
だから、どうでもいいものをつかまされる人が後を絶えないのです。

もし、どうでもいいものをつかまされたとしたら、選択眼を身につける勉強代を払ったということです。
こうやってちょっとずつ選択眼をつけていけば、将来、悲しい思いをすることが少なくなるでしょう。


もし、目利きの力をつけたとしても、もう1つ気をつけることがあります。
それは、ひけらかさないことです。

相手のために選択眼を使う必要は、必ずしもありません。

クルマを買おうとしている知人にどんなクルマを買ったらいいかを尋ねられたとします。
そんな時、あなたはどうしたらいいでしょうか。

私なら、人の選択に頼らず自分で探すといい、と言います。

一見、冷たいようですが、お互いを悲しくさせない方策です。
なぜならクルマは、その人の価値観によって最適な1台がまったく変わってくるものだからです。

いくら相手の希望を聞いてアドバイスしてあげたとしても、それが最適解になるとは限らないのです。
もし、相手は本心では嫌がっているのに我慢して使い続けていたら、こちらも悲しいのです。
相手が我慢するだけならまだいいです。
ひどい時には「お前が薦めたのを選んだら失敗したじゃないか!」と詰め寄られかねません。

そもそも文句をたれる人間は、何においてもグチグチ文句をたれるのです。
一生懸命に選んであげても、互いに嫌な思いをしてしまう。
不毛な人間関係に終わるだけなら、相手のために選択眼を使わないほうがよっぽどマシです。

本当に思いやるのなら、相手に目利きの力をつけさせてあげることです。

ひけらかさない選択眼をもとう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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