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#454 / 2006.04.10

3つのカン

運転に必要なのは、3つのカンです。
それは「感」と「勘」、それから「観」です。

「感」は感じ方、 「勘」は直感や知識、 そして「観」とは見方をあらわしています。

前走車の動きが怪しいとき、何か不審なものを感じませんか?
狭い道での行き違いで、幅が足りなくて行けないことを直感できていますか?
自車や他車、二輪や近くを歩く歩行者まで、周囲のあらゆる動きが見えて次にどう動きそうか予想つきますか?

3つのカンとは、言ってみれば自爆しないための運転術です。
自損ならまだしも、人を殺めてしまったらドライバーとしてお終いです。
そうならないためにも、3つのカンは大事です。
3つのカンは仕事や育児でも大事などといわれていますが、運転においてもまた、大事なのです。

でも、最近見ていると違う3つのカンを実践している人がいます。

予測も見通しもまったくない「甘」い運転。
びったり追走すれば速くいけると勘違いしている「間」詰め走法。
荒い運転で、ドラポジがしっかりとれていないことに「慣」れてしまったドライバー。

確かに、目的地には行けるでしょう。
でも、危ないです。
現状の把握と数秒先の未来が予測できない状態でステアを握ってしまうことは、ときに命を落とします。

そのときに命を落とすのは、よくて自分。
落とすだけならばまだしも、下手すれば命を奪うことにもなりかねません。
その悲しみは数十年、あるいは100年以上たっても消えないかもしれません。
そんな状態は、誰にとっても起こりえてはいけないのです。

今一度、「感・勘・観」を見直してみませんか?
慣れてしまっていることだけに、あえて見直してみることであなたが気がつかなかったことが見えてきます。

イージーミスこそ重大な致命傷に繋がりやすいものです。
しょぼいドラテクなんかで、あなたのクルマを走る「棺」にしてはいけないのです。

「感・勘・観」を見直そう。

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