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#450 / 2006.03.12

残るモノ残らないモノ

モノには2つ、残るモノと残らないモノとがあります。

ここでの「残る」とは、形に残るという意味での「残る」です。
つまりモノには、形に残るモノと形に残らないモノの2つがあります。

たいていの人は、形に残るモノに執着します。
形に残るモノなら誰の目にも明らかなので、あなたが所持していることを証明しやすいからです。

形に残るモノに執着する人は、ごまんといます。

例えば、クルマにお金を注ぐ人。
無意味に高級車を手に入れたり、改造費にあてたり、内装を充実させたりと、いろいろな人がいます。
普通に乗るだけなら毎月の維持費プラス税金だけでもいいのに、タイアを替えたり内装をいじりたくなる。

こう書いている私とて、全然、他人事ではありません。
納車直後の状態をノーマルとすれば、いくつか替えている部品もあるのでノーマルではありません。
クルマを最低限維持するだけというレベルは超えているのです。
自分でもわかっているのです。
「愛着」という言葉でごまかしてはいますが、要は自己満足の世界なだけです。
だからこそ、形に残るモノに執着することがものすごく楽しくて仕方がありません。

しかしながら形に残るモノに執着しても、最終的には残らないものです。

なぜなら形に残るとは、失う可能性も大きいということです。
破壊、盗難、炎上、水没。
無事、見つかるかどうかもわからない。
もしかしたら戻ってこないかもしれない。

失ったときに途方もない喪失感だけが残るのは、本当に恐ろしいことです。
それまで満たしてくれていたモノが突然なくなることで、あなた自身の心も折れてしまいやすいのです。

ここまでこう書いてきたのは、モノにこだわるなということではありません。
形に残らないモノに費やしたほうがよっぽど充実するのではないか、という話です。

例えば、運転マナー。

国内を走るクルマのほとんどは、見たところ概ねきれいで無事故の車両ばかりです。
かといって全国7,000万人のドライバーが全員プロフェッショナルではありません。
そのうちの結構な人数がサンデードライバーで、肩書きだけはゴールド免許だと思うのです。
もし彼らが、ゴミを投げ捨てたり、流れも読めない運転しかしていなければゴールド免許なんて無意味です。

運転マナーは、意識しなければ身につきません。
かわいい女の子をデートに誘って一緒にドライブしようとすれば、すぐにわかります。

車種でランク付けしたがる女の子や、自分は一発でできない癖に男性には一発車庫入れを求めるような女の子は論外として、 運転技術が多少未熟だったとしても、危険な運転でなければ大抵は笑って許せる範囲だと思います。
でもマナーが悪いのはいただけない。
いただけないというか、大人としてかなりまずいでしょう。
まともな女の子なら、この人はちょっと変だぞと心ひそかに烙印を押しているでしょう。

ここでもし、クルマのような形に残るモノが良くないからだと勘違いするともっと失敗します。
クルマをカッコよくしようとしたり、もっといいクルマにしようと間違った方向に進んでしまうからです。
でもマナーを良くしなければ、次も同じことです。

クルマをきれいにするとか改造する前に、あなたの心に手を加えたほうがよっぽど良くなります。
しょぼいクルマだろうとなんだろうと、マナーのある人の運転はやっぱりいいものです。

そう、形に残るモノには限界があるのです。
いつか壊れてしまうモノでなく、あなたにずっと残るモノに費やすことのほうがとても大事なことなのではないですか?

形に残らないモノに投資しよう。

追記(2006.03.12記)

仮にクルマを奪われたとしても、マナーや運転技術までは奪われないものですよ。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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