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#442 / 2006.01.15

キュア・オーヴァワーク

酷使することに、鈍感ではありませんか?

いつの世もストレスだらけです。

現代はストレス社会などといわれて久しいです。
では過去、たとえば古代や中世の時代はストレス社会じゃなかったのかと考えると、おそらく違うでしょう。
現代のように毎日食料が手に入らなかったでしょうし、内乱や貧困はたくさんありました。
餓死者がほとんど出ない現代に比べると、生理的欲求を満たせないストレスは想像もつきません。

現代のストレスは、過去とは違うタイプのストレスです。
世間から取り残される不安。
欲求を邪魔する規制や倫理との葛藤。
理想の自分と現実の自分とのギャップ。
他にも多々ありますが、いずれも生理的欲求を満たせないストレスではありません。

未来への不安からストレスを感じることは多いです。
かといってそれを払拭させるかのように、遮二無二やりすぎるのもいけません。

バーンアウト症候群という言葉があります。
意欲ある人が、ある日突然、意欲が燃え尽きてしまう状態です。
本人はどうしてだかわからないけれども「なんか、もういっかぁ」となるのです。

これは反省なのですが、私もままあります。
私は一旦、尻に火がつくと止まらないタイプです。
そしてある日ふと「まぁここまでやったんだし、いいよな」なんて思い始めるのです。
力の加減ができないから、力を費やしたにもかかわらず妥協するような形で収束することがあります。

「ちょっと手を抜いてもいい」ができない。
だから感じるストレスなんだと思います。

できるビジネスマンほど陥りやすいと聞きます。
熱意があるだけに、陥りやすいのです。

だからといって酷使してもいいという理由にはなりません。

クルマもそうです。
例えばレースで酷使すれば、足回りや操作系、エンジンに負担をかけることになります。
それでもレース直後は走れるでしょう。
とはいえ、いたずらに機械寿命を縮めているのですから、早々に走れなくなるのは明らかです。

人間はレーシングカーではありませんから、すべてにおいて全力投球なんてできません。

例えるなら、ワインディングロードのようなものだと思うのです。
常にアクセルオンでは、数々のコーナーはクリアできません。
減速するからこそ、コーナーをクリアできるのです。
そしてエンジンブレーキを多用するからこそ、ブレーキの負担を抑えられるわけです。
最高速テストではないのですから、アクセルを踏めば速く走れるというのでは少々幼稚です。

レースと人生では、求めるものが違うのです。
人生で求めるものは刹那的な速さではなく、永続的な速さです。

酷使しすぎてピットインしている間に抜かれてしまうこともあります。
ピットインならまだ良くて、リタイアだったら目もあてられません。

パーツやクルマは乗り換えられても、あなた自身は乗り換えられません。
適当に流すことも、長い目で見れば速さにつながるのです。

ストレスのないスピードを見つけよう。

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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