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#428 / 2005.10.10

制約イムペィシェント

赤色灯をならせば、道が拓かれる。
赤色灯をならせば、まわりが避けていく。
赤色灯をならせば、現場に急行できる。

一般ドライバーから見れば、緊急車両は他車をパスして急行できる特権があります。
もちろん事件や人命に関わることですから、そういうことに特権を使うのは良いことです。

緊急車両の目的は、目的地に速く着くことです。
その目的を遂行するために、赤色灯をならすことであらゆる障害を避けながら進んでいく、

とは、限りません。

一見すると信号待ちや前走車という制約をなくしているかのようです。
しかし緊急車両のドライバーはもっと別な制約を受けています。
制限速度はきっちり守らなければいけないし、赤信号で交差点に進入する時はしっかり徐行しなければなりません。
ただでさえ違反駐車のような「人災」が多い中で、我々が知らない制約を受けています。

赤色灯は錦の御旗ではありません。
いくら緊急車両といえども、我々の知らないもどかしさを感じていることでしょう。

よく特権の一部だけを見て羨む人がいます。
しかし、権利を持つということは相応の制約も存在する、ということです。
権利を持つ人のいい面だけしか見えていないから、羨むのです。
そこは勘違いしてはいけません。

つまり、羨むということは、当事者が直面している本当の制約なんか全然わかっていないということです。
そんな制約からくるもどかしさも知らずに、「いいないいな」と羨ましがることは、むしろ失礼です。

そもそも、なぜ羨ましがるのでしょう。

自分にはそれがなくて、相手にはそれがあるからです。
そこから感じる劣等感から、羨む心が生まれるのです。

羨む心は原動力です。

多くの人は、羨む心の遣いかたを間違えています。
「あぁ羨ましい」で放言して終わっているのです。
ここで終わっているからずっと羨むだけの人生なのです。

あいつよりもっと凄いものを手に入れよう。
あいつとは違う方向で名をあげよう。

こう考えることは、ちっとも悪いことではありません。
しかしこの考えにたどり着く前に、「あぁ羨ましい」で終わる人が大半です。
だから、原動力すら活かしていません。
羨んだ気持ちだけで、まったく何も生み出していません。

「あぁ羨ましい」のセリフは、夢をつかもうとするすべての人に対する「ふるい」です。
言えば、力を奪われます。
それは「あぁ羨ましい」が、「あいつと自分は違う」という思考停止宣言にすぎないからです。

難しいところです。
でも大事なことは、羨むのは気持ちだけ、ということです。

放言で終わる人が圧倒的に多すぎます。
ということは、羨みながらも口にしない人は、もう夢の半分をつかんでいるのです。

羨みを原動力に変えよう。

追記(2005.10.10記)

impatient(英) もどかしい

追記(2011.11.02記)

文体を変更しました。

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